教師を楽しむ
忙しい学校現場、管理と競走が教育現場にも浸透し、4月新しいスタートを切ったのに、もう悩んで辞めていく先生もいると聞きます。一体学校はどうなっているんだ、これが素朴な疑問です。無限の可能性をひめた子ども達と接する仕事、その学校で仕事をする教師には夢があって当然のはずですが、この現実はなんとも情けないと思うのは私だけではないと思います。教師の精神疾患もうなぎのぼり、夜の勤務も8時9時は当たり前になっています。小さい子や年老いた親がいる人はどうしているんでしょう。保育所から我が子を連れてきて、コンビニでおにぎりを買い、学校の保健室のベッドで寝かせて仕事をし、その我が子を起こして深夜自宅に帰るという話も聞きました。まさに壊滅的な教員の世界ですね。「教師を楽しむ」というタイトル、実はこれが本当の教師冥利の仕事なのですがそれさえも見つける事が出来ない、こうした学校現場で、真面目さを捨て、さぼることの薦めの見方があります。教師は本来真面目で真面目過ぎるのです。だから言われたことは丁寧にこなそうとする、いくつも仕事を受け持って任されさらに次の仕事を頼まれても嫌と言えない、その真面目さです。真面目だからこそ、教職の道に向いているとも言えるのですが、今の時代、したたかさもなくては生きていけません。つまりよい意味でさぼることの薦めです。7月くらいになると4月から国語何時間授業してきたか、算数は、という時数集計とその報告が求められます。それを記録(週案)をもとに集計するのですが、学年が3つあるとすると、自分の集計が+でも-でも突出していると学年で揃っていないと言うことになります。そうすると集計ミスか、カウントの仕方が違っていたか、その辺の相談から始ります。例えば数日まえに書いた、運動会の練習は体育の時間でカウントするのか、行事としてカウントするのかということですね。また、集会が25分あったとします、これは1としてカウントするのか、0.5としてカウントするのか、その違いもあって学年の担任での打ち合わせが必要になります。この時に真面目ですからそれを3人で合わせるのに、8時9時までかかることがあります。こなんなことをとらえてさぼることの薦めということなんです。そんなものどっかにあわせればいいではないか、どうでもいいことでないか、8時9時まですることでないのではないか、ということです。こうしたさぼりをいれて行かないと教師の命は続かないと思います。本来教師の仕事は楽しむものです。今、学生の人にこのことを言いたい、そう思います。
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