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保護者は学校や先生を信頼している 

保護者は学校や先生を信頼している 2008.11.27 15:00 産経
保護者の学校に対する関心が高いほど、保護者は学校からの情報を求め、家庭と学校との密接なコミュニケーションを望みます。今回は、保護者と学校・先生とのコミュニケーションが現在どのような形で行われているのかを分析し、学校とのコミュニケーションのとり方についての保護者の悩みや本音も紹介します。
 保護者はどのような形で学校からの情報を受け取っているのでしょうか。
回答では「学校側からの情報は紙によって発信されている」がダントツ。連絡に最も多く使用されているのは、今なおプリントでした。紙を使った情報発信では、ほかに小冊子・パンフレットなども使われていました。
一方、担任の先生との直接のコミュニケーションの機会としては、保護者会や懇談会などのほかに、面談や家庭訪問などが挙げられました。
そのほかご存じのとおり、クラスや部活動では電話が多く使われ、クラス内での連絡法の定番ともいえる「連絡網」は健在のようです。さらに学校からの情報発信には、情報サイトやメールが電話と同じくらい利用されていることから、学校が情報を発信する手段が多様化してきているということが改めて確認できました。
 次に、学校・クラスからの情報や、学校・クラスとのコミュニケーションの機会の内容と量について、保護者がどの程度満足しているのかを、伺いました。
学校・先生からの情報やコミュニケーションの機会について、約7割の保護者が「満足できる内容や量である」と答えました。満足する理由として、「ホームページが充実していて、プリントの情報を補っているから」「毎月の行事予定をもらうので、おおまかな事情は把握できているから」「授業参観が多く、学校での子どもの様子がわかりやすい」などの声が寄せられました。
先生からの情報については、学級通信についての回答が多数でした。「学級通信が毎号丁寧に書かれていて、クラスの状況がよくわかる」など、学級通信の内容を評価する声はもちろん、「ほぼ毎日学級通信が出るので、子どもの様子がとてもよくわかる」「月に2回は学級通信が出るので、クラスの今の雰囲気がわかる」といった学級通信が出される頻度についての回答も。学級通信の内容が詳しかったり、発行頻度が高かったりすれば、それだけ保護者が具体的に子どもの学校生活を把握することができ、満足度に結びつくのでしょう。Benesse教育研究開発センターが朝日新聞社と共同で行った調査結果からも、保護者のかたが子どもの様子や教育方針を積極的に伝えてほしいと考えている、ということがわかります。
 一方、学校・先生からの「情報やコミュニケーションの内容と量について不満がある」という保護者は、それぞれ約3割弱でした。
理由は、「学校からのプリントの文章がわかりにくいから」「学級通信がなく、クラスと保護者とのコミュニケーション不足を感じるから」「個人面談でしか担任の先生と踏み込んだ話をする機会がないから」などです。
 さて、ここまでは学校・先生からの発信についておもに見てきましたが、逆に保護者からの学校・先生への発信についてはどうなのでしょうか?
 保護者のかたが意見を学校や先生に伝えたり、学校や先生と相談したりする際に、どのようなことに気を付けているのかきいてみました。
最も数が多かったのは、「学校や先生に対して言いすぎることのないようにすること」でした。しかし、「言い残しがないようにすること」に注意している保護者も多く、いかにうまくそのバランスをとるのかが、難しいようです。あがっている声としては、「クレーマーと思われないようにしたい」「モンスターペアレントと呼ばれる人たちと、そうでない人との境がどこにあるのか、自分では正しいと思ってもそうでないかもしれないと思い、先生に話をする時にためらってしまうので、境界線を知りたい。」「細かいことをいちいち相談するのもどうかと思うし、相談するべきことかどうかを決める線引きが難しい。」というものが代表的でした。
どのように相談をするにしても半数弱の保護者のかたが「子どもの了解をとる」ようにしている点にも注目です。これは、当事者である子ども自身の気持ちを尊重する意味で重要なことですし、子どもどうしの関係についての相談の場合は、細心の注意を払う点でしょう。
 実際に、学校や先生に個人的に相談をしたことがある保護者はどの程度いるのでしょうか? また、保護者は、その時の学校や先生の対応にどの程度満足したのでしょうか?
 学校や先生に個人的に相談をしたり、意見を伝えたりしたことがある保護者は、全体の46.1%でした。内容は、「クラスの子どもとのもめごとをどう解決したらいいか」「家での子どもの態度がだらしないので、学校で迷惑をかけているのではないか」「子どもの落ち着きのなさにどう対処すればよいか」などが挙がっています。担任の先生とのやりとりには、多くは「連絡帳」が使われているようです。
 また、個人的に相談などをしたことがある保護者の74.6%が、「相談を受けた学校や先生の対応に満足である」と答えました。その理由としては、「問題が大きくなる前に適切に処置してくれたから」「決して子どもを否定せず、親身に相談に応じてくれたから」「細かく具体的なアドバイスをくれたから」などの回答が集まりました。
7割強の保護者は、子どもの学校と担任の先生を信頼している!
最後に、保護者は、子どもの通う学校や、担任の先生をどの程度信頼しているのかを、伺いました。
「子どもの学校を信頼している」と答えた保護者は78.9%、「子どもの担任の先生を信頼している」と答えた保護者は75.6%でした。非常に多くの保護者が、学校や先生と良好な信頼関係を築いていることがわかりました。
ただ、学校や先生には積極的に相談したり、打ち明けたりすることのできない悩みを抱える保護者もいるようです。「子どもと先生の関係がよくなく、気がかりだが、当の先生には相談しづらくて困っている」「相談したいことはあるが、『うるさい親だ』と思われたくないので、なかなか相談できない」「悩みや困っていることがあっても、それを学校に相談することによって、事態がより悪化するのではないかと思うと、打ち明けられない」など、学校や先生との距離のとり方に悩む保護者の声が寄せられています。
そのような悩みを相談できる場所や機会が少ないのが現状なのかもしれません。
(まとめ)
 調査結果からは、保護者が学校と積極的にコミュニケーションをとろうとしていることがわかりました。それに対し、学校は情報発信の幅を広げ、できるかぎり保護者の要望に応えようとしています。そして、多くの保護者が、その学校の姿勢を支持していることは、学校や先生に寄せられた保護者の強い信頼を見ても明らかでしょう。
 一方で、学校や先生の対応に不満を感じる保護者も一定数いました。不満を持っていても、意見や要望を学校に伝える際は、言い過ぎないように気遣うのはもちろん、子どもの立場を思いやり、子どもの了解をとるという場合が多数でした。だからこそ、保護者と先生は現在、良好な信頼関係を築けているのではないでしょうか。
本サイトには、さまざまな不安、疑問、悩みについてほかの保護者のかたに相談できる「子どもの教育相談室」があります。もしも「こんなことを相談してもいいのか」「どう切り出すのがいいだろうか」など、迷っていることがあれば、ぜひご利用ください。 (提供:Benesse教育情報サイト)
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 この情報を見るかぎり多くの学校では学校や教師と保護者の関係は健全と言えます。先生の親に対する対応も適切で丁寧な場合が多いのも伺えます。学級通信も大きなパイプになっているようです。多くの学校が安定した関係を続けていることは報道では出てこなくて見えません。何か事件やトラブルが起きるとそれがセンセーショナルに報道されどこでも多くがそうしたことがあるかのように流れます。それは子どもの殺生や非行、また自殺なども同様です。ほとんどの子ども、学校、教師、保護者は誠実にお互いの関係をたもっていると、この記事から読み取れると思いました。

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「いじめ、子どもから直接聞け」教員に義務付け

「いじめ、子どもから直接聞け」教員に義務付け 文科省2008年11月24日
 学校のいじめをめぐり、文部科学省が「必ず子どもから直接状況を聞くように」と現場の教員に義務付ける初めての通知を各都道府県教委などに送っていたことがわかった。同省の調査では、07年度は全国で約10万1千件のいじめが確認されたが、なお表面化していないものの把握に努め、子どもに寄り添って解決に当たる手だてとして、直接話を聞くことを求めたという。
 通知は20日付で、「定期的に児童生徒から直接状況を聞く機会を必ず設けること」としている。いじめの把握を「教員の認識」にとどめることなく、子どもへの面談や家庭訪問、アンケートといった働きかけで積極的に調べてもらうことを想定している。
 文科省は毎年いじめの調査をしているが、学校の自己申告が原則で、集計結果は都道府県で著しく異なる。06年度の子ども1千人当たりの認知件数は最多の熊本(50.3)から最小の鳥取(2.1)まで約24倍の差があった。
 文科省は、翌07年度の調査にあたり、学校に配る調査票の「注」に、子どもから定期的に話を聞くよう求める一文を入れた。しかし、その調査でも、1千人当たりの認知件数は最多の岐阜(33.4)から最少の和歌山(1.2)まで28倍近い開きが出た。
 また調査では、いじめを認知した学校ほど、実態把握のためにアンケート、個別面談、家庭訪問をしていた割合が高いことが分かった。こうした結果を受け、文科省は「いじめはどの学校でも起こりえるという前提に立ち、よりきめ細かく実態をキャッチする努力をしてほしい」として、正式な通知の形で子どもから話を聞くことを義務づけることにした。
 文科省の担当者は「大人が分かりにくいネットのいじめが増えていることもあり、子どもからもっと話を聞くことが大切だ」と話す。(上野創)
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 子どもから話を聞くというのは当たり前のことです。それをわざわざ義務づけとか通知という形で指示をだすこと自体が間違っています。常に文科省の見下した指示、そして事細かに縛らないと落ち着かない体質は以前のままです。子どもに寄り添って解決に当たる手だてとして、直接話を聞くことを求めたそうですが、これは私達が以前からしていることでありついに文科省も追認したかという感じさえ受けます。話を聞く時間、どの子にもそうする事の出来る時間の余裕を前から主張しているのです。そのことには一言もふれないなおざりの通達です。

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児童生徒のトイレ掃除復活へ

児童生徒のトイレ掃除復活へ 横浜市立の全小中高2008年11月19日
 横浜市立の小中高の全500校で、10年度から児童・生徒によるトイレ掃除が復活する。横浜教育改革会議(座長・安西祐一郎慶応義塾長)の答申を受け、横浜市教育委員会はモデル校10校を選定し、小学3年生以上を対象に12月から実施。09年度を試行期間とし、10年度には特別支援学校を除く全市立学校に広げる考えだ。
 対象となる横浜市内の市立学校は、小学校が346、中学校が145、高校が9の計500校。
 市によると、改革会議は06年3月、公共心・規範意識など豊かな心を育む方策として「学校でのトイレ掃除」を提案。これを受け、市教委は、今年度の方針の一つとして、児童・生徒によるトイレ掃除の実施に踏み切る。
 トイレ掃除について、市教委は「自ら主体的に社会を良くしていこうとする子どもの公共心を育む」とし、社会生活に欠かせない法律やルールを守ることの大切さを理解させたいとしている。
 12月からトイレ掃除を復活させる10校のモデル校のうち8校(小学校4校、中学校4校)を、市教委はすでに選び、保護者の理解を得た上で、実施していく方針だ。
 横浜の市立校で、児童・生徒のトイレ掃除が最終的になくなったのは90年代半ばとされる。市教委によると、校舎の建て替えに伴い、タイル張りのトイレが消えていった。そのため、トイレの床掃除に水ではなく薬品を使うようになり、児童・生徒のトイレ掃除がなくなったという。
 今回の方針に対し、現場の教員たちのなかには疑問の声もある。
 ある小学校教諭は「家庭で子どもにトイレ掃除をさせるのが一般的な時代ならともかく、子どもが家でやっていないことを学校で、というのはどうか」と首をかしげる。
 横浜市教職員組合の柳井健一委員長は「教育委員会が掃除場所まで指定して、一斉にトップダウンでやらせるのはどうかと思う。トイレ掃除について良い悪いと議論はあると思うが、掃除場所ぐらい現場に任せるべきだ」と話していた。
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 どうしてこんなに画一的にものを考えるのでしょう。そうしたいという学校があればそれはそれでいいと思いますが、市教委の指示で全市が始める、これも異常です。汚い所を掃除するというのは美徳ともとれますが、そうであっても押しつけでは何の意味もありません。勤労奉仕と強制とは違います。お粗末だと思います。

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町のガソリンスタンド消滅の危機

 過去最悪の勢いで閉鎖2008年11月21日  朝日
 原油高や暫定税率の一時期限切れの影響で、ガソリンスタンド(GS)が今年度、過去最悪の勢いで閉店に追い込まれている。9月末までの半年で1千店を超え、影響は特に地方で深刻だ。全国にはGSが3店以下しかない自治体が約150カ所あるが、GSが町から消える事態が現実味を帯び始め、「過疎化を一気に加速しかねない」と懸念する声が出ている。
 朝日新聞が各地の経済産業局などに聞いたところ、3月末に全国で4万4057店あったGSは、その後の半年で1109店(速報値)減った。減少率は年率換算すると5%で過去最悪。セルフ式の解禁で急激に整理が進んだ98年度の3.1%を大きく上回る。
 宮城県南部の中山間地、七ケ宿町。人口2千人弱、ほぼ半数が65歳以上だ。町役場近くでスタンドを営む小笠原憲雄さん(68)は今、廃業の瀬戸際に立たされている。
 業績不振で3月、石油元売り大手から「契約解除」の通告を受け、ブランドマークの看板などはすべて取り払われた。飛び込み客はほとんど来ない。3月末の暫定税率の期限切れで、3月に仕入れた高い在庫を1リットルあたり22円下げて売ったため50万円の損が出た。原油高騰がピークを迎えた7月には消費者の買い控えで収入が半減。社員である妻と長男への給与支払いが6、7月と滞り、労働基準監督署から指導を受けた。
 秋から原油価格は下がり始めたが、高く仕入れた油を安く売らざるを得ない。赤字は膨らむ一方で、自身の年金と預金の取り崩しで食いつなぐ。廃業も検討するが、1千万円かかる地下タンクの除去費用が工面できず、やめるにやめられない状態が続く。町にはGSがもう1店あるが、ここも赤字で店の経営は厳しい。
町の交通手段はもっぱら車だ。町にGSがなくなると、町役場から十数キロ離れた隣接する白石市のGSに行かなければならなくなる。梅津輝雄町長は「過疎地にとってスタンドがなくなることは死活問題。第三セクターなどで運営を請け負うことも考えなければ」と気をもむ。
 冬は屋内でも零下になる同町。小笠原さんに灯油を配達してもらっている独り暮らしの女性(78)は「灯油は生きるのに欠かせない」と心配する。車は運転できず、GSがなくなると白石市までバスで買いに行くしかない。18リットルのタンクは3日でなくなる。「誰かに頼もうにも周りは年寄りばかり。配達さなくならねえようにしてけらんせ」
 「冬に備えて灯油前売り券を40万円分も買った」「ガソリンのプリペイドカードを払い戻せない。年金生活なのに」――。青森県では「柿本ショック」と呼ばれる騒動が起きた。県内大手の柿本石油(青森市)が10月6日、全25店を閉めた。県消費生活センターには、閉鎖後1カ月で1700件を超える相談が寄せられた。 ガソリン税の暫定税率期限切れを先取りして値下げし、全国的に注目を集めた同社。ガソリンを現金前払いで安く仕入れ、薄利多売でもうけるつもりだったが、暫定税率復活や原油高で仕入れ額が膨れあがって資金繰りがつかなくなったという。 全国石油商業組合連合会によると、GSが3店以下しかない自治体は3月時点で153カ所(離島など除く)。北海道が41カ所と最も多く、ついで関東39、東北23などとなっている。4月以降さらに深刻化している可能性が高いという。
 石油流通に詳しい小嶌正稔・東洋大教授は「地域にスタンドがなくなれば、高齢世帯への灯油の配達が滞る。農作業車や除雪機などは、容易に遠方のスタンドまで給油に行けない」と指摘。「過疎地にとってスタンドはライフラインの一部。消滅は、過疎化を一気に加速させる」と警鐘を鳴らす。(乗京真知)
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 スタンドが生活の糧、特に高齢世帯にとつては死活問題であることが分かります。たかがスタンドと思っていましたが、そして日々安い所を探して運転していく私達にとってはこの深刻さは分かりませんでした。そういえばセルフの激安のスタンド、そして廃業のスタンドも目につきます。どこの町にもスタンドは必要なんだと思います。スタンド業界も安定した経営ができるようにしなくてはいけません。そうした町にはスクールバスも走っているでしょう。高齢者や子どもが不安なく暮らせること、スタンドを見直さなくては、と思います。

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小中高生、暴力行為最多

小中高生、暴力行為最多 愛に飢え暴発 低い自己肯定感
 ◇さびしさと、むかつきと、もどかしさと--親も「荒れた80年代」育ち
 小中高校生の暴力行為件数が過去最高の5万2000件超--。20日文部科学省が発表した「問題行動」調査結果は、幅広い年代で暴力が深刻化している実態を浮き彫りにした。専門家らは「愛情を注がれずに育った自己肯定感のない子が突然、キレている」と指摘。新しい校内暴力の時代に、現場は苦悩している。【三木陽介、山本紀子、林田雅浩、平川哲也】
 ささいなきっかけから容赦ないパンチをいきなり見舞うのが、最近の暴力の特徴だ。
 「センコー、さっさとしろよ」。倉庫のカギ開けに手間取っていた東京都内の中学教員に、男子生徒がいらついた声を出した。「その口の利き方は何だ」。注意した教員は突然腹にパンチをくらい、肋骨(ろっこつ)にヒビが入った。
 横浜市内のある中学では年約30件、生徒同士の暴力でケガに至る事案が起きる。「うわさで悪口を言われたと思い込み、出会った瞬間、突然殴る。言い合いをして、つかみ合って……という過程がなくなった」。副校長は嘆く。
 一緒に塾に行かなかった、下敷きを見せてくれなかった--。横浜市教育委員会に届く報告は、たわいない原因がほとんどだ。
 大阪府内の小学校の50代の女性教諭は「机を投げる子がいたが、相手がケガをするという発想がない。暴力の度が過ぎ、もどかしさを感じるとすぐに手が出る」という。
 校内の備品も壊される。「机を3階の窓から放り投げる、教室で教科書を燃やして騒ぐ。かつて中学であった校内暴力が小学校で起きている」。岐阜県内の小学校の校医を務める小児科医は言う。「荒れる子の親は、80年代に学校が大荒れした時代に中学校に通った。そんな親のもと、自己肯定感をはぐくみ損ね、価値観の不安定な子が暴れている」
 授業妨害を繰り返す従来のような校内暴力もある。福岡県田川郡の中学では、校長と教頭が心労で休・退職に追い込まれた。今年3月には校長室で茶わんを壊すなどした2生徒が逮捕された。授業中にキャッチボールをする子もいた。教諭の1人は「生徒の親は、非行の戦後第3のピークといわれた80年代に育った。善悪の区別や規範意識が十分しつけられていない」とみる。
 どんな子がキレるのか。子育てに熱心でなかったり、経済的に余裕のない親のもと、愛情を注がれていない子が暴発しやすいという見方が、教育現場で一般的だ。
 東京都大田区教委の内野雅晶・統括指導主事はいう。「愛されていない子は寂しく、自暴自棄になりがち。問題行動で注意され、怒りがあふれんばかりになって、教師の何気ない一言で『うぜー』『ぶっ殺す』と爆発する」
 「学級崩壊も再び目立ち、新しい校内暴力の時代に入った」と話すのは、埼玉県内で小学校教諭を務めた増田修治・白梅学園大准教授。「勉強できない子はダメ、という価値観の押しつけで、自己肯定感が低くなり日々のむかつきにつながっている」と分析する。
 ◇警察と連携、地域で見守り…
 現場はどう対応しているのか。
 京都府城陽市の小学校では昨年、一部児童が窓ガラスを割って教員にけがをさせる騒ぎを繰り返し、市教委は警察との連携を強化した。警察官を交えたサポートチームで話し合い、地元署員が問題児童や保護者の相談にのった。警察官OBが学校を見回る「スクールサポーター」は、40都道府県教委が導入している。
 指導力のある教員を「児童指導コーディネーター」として活用するのは横浜市。昨年度から小学校18校に配置し、トラブル防止に努めている。大田区も昨年度から、「生活指導支援員」として大学生らをニーズのある学校に派遣する。
 スクールソーシャルワーカーと連携し、地域や家庭への働きかけで教育環境を改善する動きも広がる。大阪府は05年から、寝屋川市の和光小に配置。問題を抱えた子に教職員が一丸となって背景や対応策を協議する。保護者の悩みを受け止め、子どものプラスになることを共に考えることで荒れは収まり、不登校もゼロになった。
 丸山涼子校長は「問題を起こす子は『困った子』ではなく『困っている子』だという認識を全教職員が持てるようになった」と、福祉の視点による支援を訴える。文科省は今年度から、大阪府や香川県など350地域でスクールソーシャルワーカーの活用を始め、全国での配置を目指している。
 ◇集団と折り合いつかず--栃木県大田原市でスクールカウンセラーを務める中村恵子・東京学芸大非常勤講師の話
 かつての校内暴力では思春期の中学生が、がんじがらめにする大人や社会に反逆していたが、今は違う。原因は、集団と折り合いをつける力が育っていない子の増加にある。幼児の社会性は主に家ではぐくまれる。親の社会性が未熟だと子どもの発達も損なわれ、小学校入学後は、集団になじめず、ストレスを暴力として発散することが多い。
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昭和20年代はクラスが50人、60人もあったとか聞きます。それでも一斉授業は行われ、整列で前へならいですっと列がまっすぐになったと聞きます。でも今は、一人一人に目を向け声をかけないとクラスも成立しないし授業も進みません。こうしたことになってきた背景は学校の中での詰め込み授業、ぎっしりの日課表、落ちこぼれの増加による自信喪失と自暴自棄、受験体制での選別と差別と非人間の烙印、そして社会の不安と希望のない生活、弱者切り捨ての冷たい政治などからくる親の不安といらだち、そうしたものが複合となって生まれていることはよく知られています。だとすれば教師を増やし、クラスの人数を減らし、子どもへの対応の密度を高めることを抜きにして、子どもの荒れが増えてきた、学校は無策だ、親が悪いと評論しているだけでは進展はありません。暴力行為最多と数字的なものを文科省が発表したのでしょうか。そんなものをただ出してマスコミがセンセイショナルに取り上げても解決の道は見えてきません。日々苦しんでいる子ども達、親達、教師達の援助にはなりません。そうではなくて応援する施策や発表を望みます。

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子どもの目線に立つ

 寒くなってきましたが、こんな天気の朝は、登校する子ども達も大変です。寒さと風の強さもあるのですが濡れることがとても困るようです。1年生が入学して間もない4月の雨の日を思い出しました。カッパを着て長靴そして傘を差しています。家を出るときお母さんが着させたのでしょうが、ですから学校に着いて脱ぐ時は自分でうまくできません。特にカッパはランドセルの上からかぶっているので脱ぐのも容易ではありません。でもそんな1年生達もこの寒い季節もうそんな出来ない子はいないはずです。子どもは成長しています。
 あるとき、「髪がじゃましている」      
と帰るときに言いに来た子がいました。ランドセルの肩掛けの所に髪の毛が絡まっているのです。この時期、着込んだり、コートを上に着たりして、その上からランドセルを担ぐのも夏みたいにシャツ1枚の時と違って楽ではないみたいです。そしていろいろ詰まっているランドセル、かなり重く、2.3キロはあるのでないでしょうか。帰る準備も子どもにとっては一苦労と言えそうです。
 1年生のことをもう少し。
入学してしばらくは町別の下校、ところがTさんがコースを間違えて逆の方へ来てしまった、それでまた、遠い道を学校まで戻り、それから、手をつないで家のそばまで行った。温かい手、この子にしたらこの日のことはずっと覚えているかもしれないと思った。
 掃除グループで1年生も行き始めた5月初旬Mさんが、その掃除場所でお漏らしをしてしまった。保健室に行くが、その時間はあいにく歯科検診の最中、養護の先生も手が離せない、保健室にいたまま、時間がたってしまった。結局お母さんに来てもらって、一緒に帰る。男の子だったら私が自分でみんな見てやるのだが、女の子ではそこまでできない。翌日の連絡帳で、掃除場所の人に何か言われたらしく、行くのをいやがっているとのこと、それで掃除時間に一緒にそこに行って、みんなに訳を話す、そのことでMさんはうれしかったとまた翌日連絡帳に、このことで学校に元気で来てくれるのがうれしい。
 「でぶ」と男の子に言われて、朝ぐずっている女の子はその日結局来なかった。午後家へ行くが誰もいない、その子はおばあちゃんの家らしい。連絡帳には、そう言った男の子に話してもう言わないようにし、その旨書いて、心配ないから明日元気で来てと書いておいた。翌日ちゃんときたのでうれしくなる。こうして家庭とすぐ連絡を取り合うことも1年生始めの頃だから大事かもしれない。
「公園」であそんでいい?
時々、こんな事を言う子がいる。そうか教室の横は公園なのか、ブランコのあるところは公園だ。
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  いいこと
            1年 えり子
きょう、3こもいいことがありました。
それは、わたしが
といれのかみを かえれなかったのに
できました。
たいやが とべました。
それに てつぼうもできました。
うれしい いちにちでした。
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 私のクラスだった子が書いたものだ。3こもいいことがあってうれしい日だったこと、この子は今でも覚えているかもしれない。
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子ども達を見るコンセプト
 学校が楽しいか、話を聞いてもらえて満足しているか、自分の力が評価されているか、いろいろな人とかかわっているか。私が子ども達を見る時、この点をいつも頭に置きます。朝、言ってみれば面倒くさい学校へ行く準備をして学校に来るわけです。その学校が楽しくなかったら元気がなくなります。 今の時点で楽しい中身として、友達が増える、一緒に達べる、新しい勉強(字や数字)
を習う、手を挙げて答えたり話ができた、頑張ってやってほめられた、初めての給食や掃除に参加した、などがあるようです。
 話を聞いてもらえて満足しているか、というのはとても無理です。30人を超えたら対応しきれません。それでもその気持ちは持ち続けています。話が聞ける時がいくつかあります。たとえば転んだとき、膝の擦り傷にきずぱんをはってやる時です。どこでころんだん、とか話していると、次から言いに来やすくなるようです。この前から、2.3人髪の毛のゴムがとれたから結んでと来ます。これが出来ないので困っています。
 自分の力が評価されているか、実はどの子もすてきな力を持っています。がちゃがちゃしている子も絵を描いたらなんとうまいのを描くことか、どの子にも光るところがあります。かけっこの速い子、色塗りがきれいな子、お話がうまい子、友達に優しい子、いろいろですが、それはほかの子と比べて優れているという観点もあるのですが、その子らしさの光る点というので見たいなあと思います。このコンセプト、実は家庭でも大事なのではないでしょうか。出来て当たり前、なのではなく、出来たらすごいと子どもに対応することで、また学校に来るのが楽しくなると思います。子ども達は意外と敏感に大人の顔の表情から気持ちを読み取ろうとします。顔で笑っていても腹で怒っていたら子ども達はよってきません。ですから、私は、なるべく体調をよくして、少なくても眠気まなこだけは払拭して朝、教室に行きます。そして1日の予定を頭に入れながらさわやかな気持ちで接しようと心がけています。この気持ちの持ち方はちょっとしたことで不安定になりがちな子
ども達にとっては大事なような気がします。大人とは家庭では観になるのですがその気持ちで対応できたらいいですよね。
 いろいろな人とかかわっているか、これは4月から私が意識してきたことです。クラスの友達をふやす、迎える会での4年生、6年生との交流、給食の後始末の手伝いに来た6年生と仲良しに、掃除が始まってそこでの交流、この後PTCでの親子活動などでの達う
お母さんたちとの交流も視野に入れています。 さわやかな季節、半袖シャツの姿も目立ち始め、教室も少し季節の移りを感じます。それは、それだけどの子も何か力がついたことを意味しています。 クラス便りより
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この子達は、とひとまとまりで見ないで一人一人を
 4月から受け持った34名の子ども連、もう1年がたとうとしている。昨年3月には校長に1年生を持たせて、と希望したのだが、生徒指導担当を今年も頼む、ということで今の2年生のクラスの担任になった。
 もっと振り返れば、2年前の3月、前任校の校長に絶対1年生もたせてと頼んだのに、そして、全く異動の希望もしてなくて、ここで終わるつもりだったのに、というのは、やっといろいろな親の顔が分かり、こちらのことも知ってもらえる親が増えてきたのに、これからだと思っていたので、異動をつげられた時はがっくりしました。これは甘いかも知れませんが。つまり、―つの学校に8.9年いる、クラスも持ち上がる、というのは昔からの一定の真実だと思います。
 この学校へ来てすぐ受け待ったのが41人の2年生、これには苦しみました。人数が多いのならまだしも、宇宙人やこちらがしかけてもひっかからないのが10名近くいる、つぎつぎ事件を起こす、ぼっとしている時間なんてこれっぽっちもありませんでした。でも何故か、学校に行きたくない、やめたいとは思わなかった。必死だったからかも知れません。 で、今年も2年生、34人になって、なんて少ないクラス、と実感しました。 34人が少ないなんて異常です。人間の感覚てそんないい加減なものですね。今のこのクラスは去年から見るとある意味では楽です。あまりだいそれたことはしないし、事件もそれほど起こさないから。でも、違った疲れがよりあります。それは簡単に一言では言えないものです。
 子どもが好き、と思っているわたしが、嫌になる、そばに来ないでと思うことがあるのですから。去年の10月頃、真剣に退職しようかと思い続けました。あくせくとばたばたした生活がむなしくなるのを感じ続けていたからです。 したいことが出来ない、朝のんびりとしていたいと思いました。年休をとって早く家に帰り、ほっと静かにいるときなんと幸せなことかと思いました。それと学校のむなしさ、おもしろくないことも大きくなりました。職場の人間関係や校長の言動でなくて、意味のない矢継ぎ早の報告や書類作成です。でも、定年前にやめるのは予定外で思ってもみなかったことです。それだけ今の学校は味気ないものになっていて、自分ひとりではどうしようもない状況とも言えます。
 そんなふうに気持ちが落ち込むと子どもにも落ち込んだ見方をするのが常です。この子たちは、といつも見ていて、一人一人に目が届いていなかったのが今になって分かります。
 3学期に入り、来年も続けようと決めました。それは地域に貢献する何かを見つけたいと思ったからです。退職しても家にいて、何かの形でこの子達や学校とかかわることがあるのだろう、だったら今、もう少しいて、その何かを作っておくことも意味のあることだというのが理由です。そしてもっと意識して一人一人にかかわること、とにかく、いいに来る話を聞くこと、を3学期は意識しました。赤ちゃんみたいに実にくだらないことをいいに来ます。告げ口に来ます。自分はいい加減なのに人には厳しい子もいます。それらみんな聞いてきました。そんな日々の中で、4月からみたら子どもの表情もゆるんできたなあというのが実感できます。いろいろ話しにくる子もふえました。もう一つ意識してきたことは、学校を楽しくすることと、件良くすることと、人と関わらせることです。ほぼ、なかよしのクラスで来ているのではないかと思います。やすみも少ない。便りを出すので、親も安心のように見える。安心しすぎて困ってもいますが。好意的に見ているかどうかは、子どもの顔を見ると分かる。
 私は自分の実践や学校で子どもを育てる時には親の協力が欠かせない、と思い、進んで育友会に参加するようにしてきました、夜の実行委員会も連続続けて参加しています。育友会の土日の活動や飲み会には参加してきました。
お父さん会というのがあります。この飲み会や休日の学校の補修奉仕活動、スキー遠足、みんな出てきました。そしで、生まれたのが、学校職員とお父さん会の元旦継走大会の参加です。昨年は教員チーム1つ、お父さん会2つ、今年は、職員チーム2つ、お父さん会1つです。元日の朝早い時間ですが、神社の初詣をかね、育友会の女性の方も何人も応援に来てくれ、また、コースの沿道に親子で声援してくれました。お父さん会の中には、休が大きくて、やっとはしる走る人もいるのですが、タイムは関係なし、みんなの結束、ということです。若手の先生が全メンバーのネーム入りシャツを準備してくれました。あとで、校長から、私のおかげてこれが実現でき、親との結束が深まった、と感謝されました。もちろん、校長も走ったのですが。
 やめないと決めたら気持ちも楽になり、子どもにもより以上に話しかけるようになりました。今年のクラスの子どもはおくてなのか、いまごろになって、硬い表情が私に対しても揺るぐようになりました。そして、この時期、子ども達が取り組んだのが、コマと縄跳びです。これはヒットでした。学年のある先生はいやがっていたのですが、この先生、実は自分が回せなかったのが出来て大喜びです。           2004年2月の記録より
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4年前の資料を引用しましたが、これらは子どもの目線に立つ、ということなのかも知れません。

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刑務所が老人施設でよいか

社説:高齢者の犯罪 
 刑法犯が減少しているのに、65歳以上の高齢者による犯罪は急増している。このまま団塊の世代が高齢期に達すると、刑務所は高齢者であふれる……。今年の法務省の犯罪白書は、高齢者による犯罪の増加が深刻な状況になっていると警告を発し、実効ある対策が急務だと訴えている。
 昨年中の交通関係を除く一般刑法犯の検挙者は約36万6000人。3年連続で減少したが、このうち約13%、約4万9000人を高齢者が占めた。10年前の3.8倍、20年前の約5倍に増え、過去最多となった。刑務所に収容された高齢者も、20年前の約6倍の1884人を数えて最多記録を更新。新規受刑者に占める割合も6%を超した。
 高齢者人口もこの20年で倍増したが、高齢の検挙者や新規受刑者の増加率は人口増を大きくしのぐ。年代別に人口あたりの犯罪率をみると、各年代が前年を下回っているのに、70歳以上だけが上昇する特異な現象となっている。高齢者は分別があって体力が衰えるので犯罪率は低い、という従来の常識は覆された形だ。
 高齢者の検挙容疑の65%は窃盗、22%は放置自転車の使用窃盗などの占有離脱物横領で、この二つの罪名による検挙者が全体を押し上げた形だ。累犯者が実刑判決を受けるため受刑者増にもつながっているが、多くは比較的軽微な犯罪だ。窃盗の大半は万引きで、生活に困窮したり、空腹に耐えかねての犯行が多い。
 件数は少ないものの暴行、傷害などの粗暴犯、詐欺などの財産犯、性犯罪などでも高齢者が全体に占める比率は上昇している。不安感や焦燥感などが影響するのか、見ず知らずの相手に突然暴力をふるうケースなども増加している。
 白書は、有罪判決を受けた高齢者らへの特別調査の結果をもとに、高齢になってからの初犯者の半数近くが生活の困窮から犯行に及んでいたり、単身者ほど罪を重ねる傾向が認められる、などと指摘。高齢者の生活の安定を図り、孤立させぬように福祉を拡充し、地域と連携して社会全体で対策を講じる必要がある、と提言している。もっともな提言であり、高齢者への就労支援などを充実させるべきは言うまでもない。
 老人施設の様相を呈し出した刑務所の現状を、関係者は直視すべきだ。医療や介護を必要とする受刑者が目立ち、入所前には医療サービスなどを満足に受けられず、服役してほっとしている者もいる。そもそも福祉面での支援があれば、犯罪に走らずに済んだ者も少なくない。累犯者とはいえ、軽微な万引き犯らをコストのかかる刑務所に収容することへの疑問もある。
 福祉の足らざるところを矯正施設に肩代わりさせないよう、団塊の世代が高齢期を迎える前に、対策を急がねばならない。 毎日
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 社会に貢献してきた高齢者の末路がこの刑務所が老人施設という現状でよいはずがありません。「生活に困窮したり、空腹に耐えかねての犯行が多い」「不安感や焦燥感などが影響する」ということはつまり福祉、医療介護の貧困でもあります。若者の生きづらさが、非正規雇用や年金問題、医療保険で片方であり、もう片方の寂しい現実がこの「刑務所が老人施設」ということになります。今、学校の子ども達が将来の夢を描き自分の目標に向かっていても、人生の末路がこのようではそれが社会の一般化となっているようでは夢が持てるはずがありません。大人が誠実な生き方を示すことこそが最大の子どもに対する教育です。その社会が壊れているのであればすぐ直す政治が必要です。高齢者の犯罪は個々の背景もあるのでしょうが、国全体で憂慮すべきことです。 

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落ち葉スキー 児童ら初滑り

落ち葉スキー 児童ら初滑り(愛知)
 岡崎市立恵田小学校で17日、恒例の落ち葉スキーが始まり、子供たちが今シーズンの滑り初めをした。学校の裏山に設置された長さ30―45メートルの三つのコースに、PTAの約40人が近くのゴルフ場から譲り受けた松の枯れ葉を敷き詰めて準備した。
 この日は、全校児童166人と近くの岡崎聾(ろう)学校の児童33人が参加。最初に上級生が模範を示した後、児童たちが次々に滑ったが、久しぶりの落ち葉スキーで尻餅をついたり転んだりする子もいた。同小では来年2月まで、体育の授業などで落ち葉スキーをすることにしている。
 同小では、運動不足になりがちな冬場に、子供たちが楽しみながら体力作りができるようにと、51年前から落ち葉スキーを実施している。
(2008年11月18日  読売新聞)
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 楽しい発想だと思います。松は油もあり滑ると思います。雪面と同じような感覚で楽しむことが出来れば滑る感覚も上達します。落ち葉を使った遊びって子ども達大好きです。落葉樹の落ち葉がたくさんあればもう天国です。お風呂に入ったり、砂風呂にしたりできます。マットのようにしてジャンプで飛び込むこともできます。大きな葉っぱはくりぬいてお面に。もう楽しくて仕方ありません。転んでも痛くないし怪我をしないのも魅力です。楽しい記事です。

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廃線跡に茨城県などがバス専用

廃線跡に茨城県などがバス専用道、茨城空港へのアクセスに
 廃線となった茨城県・鹿島鉄道の線路跡約7キロの区間をバス専用道とし、民間バスを走らせる「バス高速輸送システム」(BRT)を、県などが導入する。
 茨城空港(小美玉市)への交通手段の一つとして、2010年3月の開港に間に合わせる計画だ。
 民間が独自に取り組む例はあるが、国土交通省などによると、自治体が公道として整備する「公設民営方式」は全国初。ローカル線の廃線が相次ぐ中、新たな試みとして注目される。
 鹿島鉄道は石岡市―鉾田市27・2キロを結ぶ私鉄だったが、乗客減から昨年3月に廃線となった。現在は、一般道で代替バスが運行されているが、渋滞などで利用は伸び悩んでいる。BRTは、バスの発着時間が鉄道並みに守られるほか、並行する国道の渋滞緩和にもつながる。維持管理費も鉄道より大幅に安い。
 線路跡地は、鹿島鉄道の親会社である関東鉄道(本社・同県土浦市)から無償譲渡される方向でほぼまとまった。バス運行には同社の関連会社が候補に挙がっている。県などは、線路跡を舗装、一般道との交差点にはバス優先の信号機を設置するなどの整備に、事業費約6億8000万円を投入する予定だ。
(2008年11月18日03時54分  読売新聞)
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 子ども達が大きくなったらなりたい職業の中に電車やバスの運転士も多くあります。トラックの運転手という子もいます。昔から魅力の職業です。廃線が以前から各地で起きており、最近はバス路線の廃止も増えています。乗客減と維持管理費の負担が原因のようですが、でもこうした交通を必要としている人、なくては困る人もいるのが事実です。廃線を利用したバス専用道はいい取り組みだと思います。子ども達も乗ってみたいと思うと思います。

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ドイツの中高生10万人デモ 

ドイツの中高生10万人デモ 「学校にお金かけて」2008年11月13日
 【ベルリン=金井和之】ドイツのギムナジウム(日本の中高に相当)などに通う生徒らが12日、教育改革や設備の充実を訴えてデモを実施した。授業をボイコットするなどして集まった生徒は約30都市で10万人を超えた。
 ベルリンでは約1万人が午前中から市中心部に集結。プラカードを掲げながら行進し、学校設備の充実、教師の人員増、学校への補助増額を訴えた。一部の参加者がフンボルト大学になだれ込み、校舎の一部を占拠、展示物を破壊するなど混乱もあった。
 友人35人や教師とデモに参加した、ベルリンのギムナジウムに通う男子生徒(14)は「学校にかけるお金が少なすぎる」と、充実した教育環境を求めた。
 ここ数年、財政の厳しい州では教育予算を引き締めており、研究費を削られた大学生や賃上げを求める教師のデモが行われていた。
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 破壊するなどの混乱はいただけませんが、日本と違う所は、中学生などもデモで自分の意志を表示することでしょうか。大学生の抗議活動は以前からありますが、高校生以下では、大がかりには行われない、それはそうした政治的なことにかかわるものではない、非道徳との風習みたいなものがあるのではないかと思います。デモ賛成、もっとやれと言うのではありませんが、中学生でも自分達の意志をそろってもっと表してもいい、この記事からそんなことを思いました。

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教科書発展学習 量より中身の工夫が肝心だ

社説:教科書発展学習 量より中身の工夫が肝心だ
 「今の教科書には最低限のことしか書いていない。全体のストーリーが見えない」。こう指摘したのは今秋、ノーベル物理学賞に選ばれた小林誠さんだ。
 確かに基礎基本を重視した学習内容の「精選」で昔に比べ教科書は薄くなり、ともすれば物足りないといわれる。その意味で、文部科学省が学習指導要領を超えた「発展的な学習内容」の制限を外す案を教科用図書検定調査審議会に示したことは歓迎されよう。
 ただ記述の分量さえ増えれば事足れりではない。その教科書が子供たちに語りかけ、さらにその分野の奥深い世界へいざなうような「物語(ストーリー)」をつむぎ出せるか。そうした創意工夫を尽くさなければ、単なる「負担増」になりかねない。
 いわゆる「ゆとり」路線の現行学習指導要領は教科学習の内容をおおむね3割程度減らし、その分、教科書の記述もその範囲内に縮まった。しかし、批判も強く、02年の検定基準改定では、教科書の本文の中には入れず例外的に「発展的内容」であることを明示してより高度な内容の記述ができるようにした。ただ文科省はその発展的な記述量を抑制、小中学校で1割程度、高校で2割程度とした。
 それを取り外そうというのである。そして、他教科や小、中学校にわたる記述の重複、繰り返しも構わないという。無駄なく「厳選」されたものであることという従来の物差しで教科書発行者を縛らず、創意工夫の発揮を促す考えだ。
 だが、当然ながら、これが「低学力」問題や「学習意欲低下」への万能薬ではない。多くの大人が体験上知っているように、教科学習において教員の指導手法や工夫などが子供の理解や関心に与える影響は大きく、教科書はその有力な支えという存在だろう。
 今回の「自由化」方針によって新教科書を作るに当たっては、現場の意見や経験を生かし反映させることを文科省も促すべきだ。そして今なお「教科書はその内容を全部授業で消化しなければならない」という、主として保護者が持ちがちな誤解を解く必要もあるだろう。教科書は手段であって目的ではない。
 また怖いのは「暗記用知識」満載の受験用教科書に転じてしまうことだ。
 学校の授業法や学習内容を改めるには大学入試改革が決め手といわれてきた。しかし、増えた大学、減る子供という状況で大学入試は受験生数確保のため軽減、簡便化が進む。大学で高校程度の補習をするのが当然のようになっている。
 受験者の適性判定や選抜に手間を惜しまない入試改革が実現すれば、必然的に高校以下の教育手法も内容も変わらざるを得ない。
 今回の教科書改革と併せ、従来の入試改革論議をたなざらしにせず進め、具体化を急ぐべきだ。毎日新聞 2008年11月13日 0時01分
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 この社説の「現場の意見や経験を生かし反映させることを文科省も促すべきだ。そして今なお「教科書はその内容を全部授業で消化しなければならない」という、主として保護者が持ちがちな誤解を解く必要もあるだろう。教科書は手段であって目的ではない。」ということには賛成です。教科書の中身を全部教えることを教育委員会や校長がやかましく言うことがあります。そのことを保護者への説明責任として。しかし教科書を全部教えていないんではと聞いてくる親はわずかだと思います。教科書を教えることが目的ではありません。授業で一番大事な教科書、そこに求められるのは発達段階(学年)に見合った科学性と系統性です。いかにカラーで見栄えをよくしても、そうした配慮がなされていないと子どもは理解できません。そんな意味で現場の意見や経験を生かし反映させることが必要です。ただ内容を増やし分厚くすればいいのでありません。

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登校時の事故防止に新潟市教委が通知(新潟)

登校時の事故防止に新潟市教委が通知(新潟)
 新潟市教育委員会は11日、登校中の児童が車にはねられる事故が市内で相次いだことを受け、市内の全小、中学校(計171校)と養護学校に、交通事故防止徹底を求める通知を出した。通知は、〈1〉安全歩行指導〈2〉見通しの悪い交差点、信号のない交差点など通学路の危険か所点検〈3〉地域、家庭と連携した交通安全対策――などを求めている。
 県教委も近く、各市町村教委を通じて県内の全小中学校(計621校)に向けて、通学路での事故防止や不審者対策を呼びかける。
 新潟市教委学校支援課は「子どもが横断歩道を渡っている最中に起きた事故で、市としてこれ以上のことはできない。通学時間帯などに学校の近くを走るドライバーは、細心の注意を払って運転してほしい」としている。(2008年11月12日  読売新聞)
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 新潟では、登校時の事故が続けて起こっていました。通知を出すのはこの結果を受けてのことですが、登下校の安全は親も学校も心配事の一つです。行って来ます、と家から出れば学校に関わる行動と見られます。事実、学校でも交通安全指導や登下校の安全指導は、指導項目として教育活動に位置づけられています。その担当者もいて、集団下校などの訓練も行われています。しかし、横断歩道ではねられるなど、子供や親、学校の指導や責任を越える状況が起きています。上の通達はなおざりの感じもしますが、こうしたことはどう対処すればいいのでしょう。こうなると列を作って歩く集団登校は危ないという意見もあります。しかし子どもに罪はないのです。アメリカみたいに車で我が子を送るということになるのかもしれません。そうするとあの重たいランドセルや手にいっぱいの手提げをもたなくていいのですから。その方がすっきりしますがでもそれはさみしいことです。不要の車には乗らない運動もいるのではないでしょうか。 

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学校の太陽光発電導入を促進

学校の太陽光発電導入を促進、企業が一部負担…政府方針
 政府は7日、温室効果ガスを削減するため、公立小中学校に太陽光発電の導入を促進する制度を作る方針を明らかにした。
 10月から始まった国内排出量取引制度に基づき、企業が、設備の設置費用の一部を負担、資金の拠出度合いに応じて、温室効果ガスの削減量に算入できるようにする。企業に比べて、学校などの公共施設は温暖化対策が遅れており、年度内にモデル事業を始める見通しだ。
 公立小中学校にとっては、企業に資金を出してもらうことで、太陽光発電の設置費用の負担が軽くなり、省エネ効果で光熱費も安くなる。
 企業にとっては、京都議定書の目標達成に向けて、「国内排出量取引制度」が始まったため、減産などをしなくても、温室効果ガスの削減を加速できる。
 経産省の推計では、全国約3万2000校の公立小中学校の8割が太陽光発電を導入すれば、年間発電量は一般家庭15万世帯が太陽光発電を設置した場合の発電量に相当する5・1億キロ・ワット・アワー程度となる。これによって、二酸化炭素の排出量は、大手鉄鋼メーカーの年平均削減量に相当する年間約23万トンを減らすことができるという。
 政府は太陽光発電の導入を、発電量ベースで2020年に05年の10倍、30年に40倍に増やす方針で、公共施設での普及に弾みをつけたい考えだ。経産省は、文部科学省、国土交通省、環境省、厚生労働省と連携し、道路、鉄道などにも同様の仕組みを作る考えだ。(2008年11月8日03時07分  読売新聞)
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 もちろんこうした取り組みは必要です。本当は京都議定書を政府も企業も忠実に真剣に数値をクリアしなくてはいけないのに情けないかぎりです。「国内排出量取引制度」により、減産などをしなくても、温室効果ガスの削減をはかれるというのはうさんくさい感じでもあるのですが、つまり企業の利害を利用するというのはどうも気になるのですが、それでも取り組みが始まるのは賛成です。ただ、このことにより、学校職員の仕事や分担が増えるのはよくありません。あくまでも外部委託の形でそうした担当者が外部から来ることになってほしいと思います。また、そうした施設にかかわる学習や説明を分かりやすくしていただく人の配置も希望したいところです。

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滞納への制裁 これは奨学金でなく金貸業だ

主張 滞納への制裁 これは奨学金でなく金貸業だ
 政府による奨学金制度の見直しをうけ、日本学生支援機構(旧日本育英会)が奨学金の滞納者情報を信用情報機関に通報するしくみを来年度から導入する方針を決めました。返還が数カ月遅れると“ブラックリスト”に載せられ、銀行でローンを組んだりクレジットカードの作成が困難になります。
 「延滞率の高い大学名の公表」や「回収業者への成功報酬付与」も検討しています。これらは政府が「骨太方針二〇〇六」(〇六年七月決定)で打ち出した奨学金の「有利子上限(3%)の撤廃」や「回収強化」の具体化です。奨学事業を金融事業に変質させるものです。
学業を守る制度が
 奨学金とは、憲法の「教育を受ける権利」にもとづいて、経済的な理由で学業をあきらめる若者をうまないためのものです。営利を目的に、返済能力のある人だけに融資する金融事業とは、目的も貸し出す対象も全く異なります。
 「世界一高い」学費のために、四年間の学生生活には、約九百万円が必要です。一般の家庭にとって過重な負担であり、奨学金は欧米諸国のように返還の必要のない給付制とすべきです。ところが日本は貸与制で、卒業後何百万円もの借金を背負わせています。
 若者の二人に一人は低収入の非正規職についています。多くの若者にとって、すぐに返還するのは困難です。こうした奨学生に、返還を猶予するのでなく、数カ月遅れたことで制裁するとは、非情というほかありません。
 こんなことがまかり通れば、進学意欲をもつ若者が、奨学金を借りることさえちゅうちょせざるをえなくなります。返済する見通しや条件を持つ者しか借りられないのでは、奨学金ではありません。
 政府は滞納増を口実にしていますが、それは奨学生の急増(十年で二・六倍)によるもので、単年度の返還率は94%、繰り上げ返済も含めれば100%を超えており、機構の業績悪化や奨学生のモラル低下があるわけではないのです。
 しかも返還が遅れている理由をみると、低所得が45%、無職・失業が24%など、経済的困窮が圧倒的です。現行の奨学金にも、災害、傷病、失業や失業に準ずる理由による生活困窮の場合は、返還を猶予する制度があります。この要件を満たしながら、未申請のために、無用な取り立てに追われている奨学生が少なからずいます。猶予制度を弾力的に運用するなど、ていねいな支援こそ必要です。
 奨学金の変質の震源地の一つは、財界団体の経済同友会が、奨学金は「金融事業だから民間に委ねるべき」と提言(〇七年)したように、金融市場の拡大をもくろむ銀行業界にあります。
 投機に熱中し、貸し渋っている大銀行の要求にこたえる一方、若者の教育権を保障するために必要な数十億円は出し渋る―政府のこの逆立ちした姿勢を、根本から正さなければなりません。
安心できる制度へ
 日本共産党は、学費問題の「提言」(四月発表)で、奨学金は以前のようにすべて無利子に戻し、低賃金などの事情で返済が困難な場合、イギリスのように一定の収入(年三百万円)に達するまで返済を猶予することと給付制奨学金の導入を提案しています。
 誰もが安心して利用できる奨学制度への充実こそ、いま必要です。   9日 赤旗
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 この主張の通りです。本当はもっと安い学費、または無償にしてもいい学費のはずですがそれを払わないといけないところからずれがあります。「返還が遅れている理由をみると、低所得が45%、無職・失業が24%など、経済的困窮が圧倒的です。現行の奨学金にも、災害、傷病、失業や失業に準ずる理由による生活困窮の場合は、返還を猶予する制度があります。この要件を満たしながら、未申請のために、無用な取り立てに追われている奨学生が少なからずいます。猶予制度を弾力的に運用するなど、ていねいな支援こそ必要です」とあるように申請することを知らない人も多いようです。そして返還が遅れる人は悪意もあるのかもしれませんが多数はこうした低収入、生活の不安定でその余裕がない現実も直視すべきです。奨学金がないと卒業できない人も多く、数カ月遅れると“ブラックリスト”に載せられるというのも趣旨から大きくずれています。奨学金は以前のようにすべて無利子に戻し、低賃金などの事情で返済が困難な場合、イギリスのように一定の収入(年三百万円)に達するまで返済を猶予することと給付制奨学金の導入という学費問題の「提言」には賛成です。

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「縄跳び30回・英検合格60%」公立小に広がる公約

「縄跳び30回・英検合格60%」公立小に広がる公約 2008年11月9日3時2分
 「自治体の学力調査で正答率を95%に」(小学校)、「3年生の60%が英検合格」(中学校)。公立の小中学校で、こんな数値目標を掲げた「マニフェスト」をつくる動きが広がっている。ゆとり教育などで公立不信が広がり、学力向上を求める声が保護者に強まったことが背景にあるが、子どもや現場の教員にプレッシャーがかかり、教育が変質しないか心配する声もある。
 今年度から「学力向上マニフェスト」を導入した東京都荒川区。「学力向上はいまの学校の大きなテーマ。各校の創意工夫も伸ばしたい」という区教委の指示のもと、33の全区立小中学校が各ホームページで内容を公表した。「マニフェスト」に沿った物品購入などに1校当たり80万円が使える。
 峡田(はけた)小学校は、「繰り上がりのある足し算、繰り下がりのある引き算」(1年)▽「九九の習得度」(2年)▽「小数の乗法、除法」(5年)など、算数で学年ごとに「100%の達成」を掲げた。「授業の前に学習用具を机の上に準備(目標90%)」なども挙げる。
 松崎勝校長は「落ち着いて勉強する環境づくりを中心に数値目標を示した。どこまで到達できたか分かれば学校のためにもなる」と話す。南千住第二中学校は、生徒による授業評価を全教員が年3回以上受けることを約束した。
 各校はどの程度達成できたかを年度末に自己評価し、学校評議員や保護者にも評価してもらう。達成できない場合の原因分析も含め結果をホームページで公表する。区教委は「達成度が低くても予算に直結はさせない」という。
 こうした取り組みは5年ほど前から各地で出始めた。東京都教委は03年度、すべての都立高校に学校経営計画を義務づけたところ、「東大合格者20人以上」「早慶上智で計100人以上」といった目標を掲げる高校が現れた。その後、徐々に小中学校でも動きが出てきた。
   福岡県八女市が導入したのは04年度。全市で実施する学年末の学力テストの平均点に共通目標を設けたところ、昨年度、小6は75点の目標に対し84.3点、中3は65点の目標に対し72.8点の平均点があった。市教委は「実績は確実に上がっている。子どもへのプレッシャーにはなっていない」。
 岩手県の小中学校は「まなびフェスト」の名称で、漢字の読み書きや算数の計算のほか「縄跳びで30回以上前跳びができる」といった体育などの目標も盛り込む。
 元教員で教育評論家の尾木直樹さんは「数値目標を掲げた途端、教育は窒息しないか。1人でも『切り捨てられた』という思いを持ったら失敗だ」と批判的だ。一方、政府の教育再生懇談会のメンバーで渋谷教育学園理事長の田村哲夫さんは「学校が一生懸命になること自体は悪いと思わない」。ただし、慎重さは必要と言い「子どもや保護者らの意見を聴くことが大事だ。単なる数字合わせなら現場の先生は意気消沈するだろう」と注文を付ける。(片山健志)
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 数値目標というのは魔物で、いったんそれが目標に掲げられると一人歩きを始めます。それは会社の営業達成率を見れば明らかです。そこに合わせるために苦しみ自殺者も出ています。繰り上がりのある足し算、繰り下がりのある引き算100%の達成は、それはみんなが分かるという点で当然のことだし、そうありたいといつも思います。しかし、クラスに傷害のある子や特別に個別に指導しないと理解が進まない子がいた場合、そうした措置もとらずに100%の達成に走ることはその子を苦しめることになります。数値目標はこうした状況を見ません。無機質なパソコンの操作と同じことになります。教育はもともと血と心の通った人間関係の上で展開される活動です。明らかに営利追求の民間のそれとは質を異にします。それを学校に持ち込んだことは悲劇です。そして数値目標は必ず結果を求められます。いわゆる評価です。未達成の場合はさらに追い込む対策を求められます。こうして一人歩きするのです。こうした数値目標を掲げることは非教育的と言わざるを得ません。

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勝利へのバトン

勝利へのバトン
 その日は、太陽の日差しが校庭をいい具合に温めていた。私は、その熱を足の裏で感じ取りながら、入場の合図を待った。
 赤チームの一年生に「絶対一位になろう。」と、声をかけると、
 「私は遅いけど、がんばります。」
と不安げに言った。みんなのためにも最高の走りを…。せめて、バトンがまわってきた時の順位をキープしよう。と、心の中で気合を入れた。
 入場の合図が出て、私たちは、駆け足で入場門を飛び出した。
  「バン。」
いよいよ第一走者がスタートした。
 太陽は、ギラギラと私たちをにらむように頭上で輝き、第一走者の後ろに大きな影を作った。この時点で、私の赤チームは4位だった。
 「あーまた、こんなさえない成績で終わるのかI。」
と、ため息が出た。と、その時、奇跡が起こった。第二走者が四位から、一位・二位のところまで、追い上げていた。私は、驚きと喜びのあまり、ダメと言われていたのに、その場で立って応援してしまった。先生の怒る声が聞こえた。私は一応座ったが、先生の声など、心の中には全然響いていなかった。
 そして、第三走者で完全に他のチームを抜きき去り、単独一位に立った。
 だんだんと近づいてくる順番に緊張とプレッシャーで、手のひらに汗をかいていた。第四走者も一位をキープして第五走者の私のほうに向かってくる。
 とうとう、私の番が来てしまった。私は、先生の指示に従い、第一レーンでバトンを待った。どんどん近づいてくる。私の鼓動もどんどん大きくなる。
  「パシッ。」
私の手の中に、赤色のバトンがしっかりとのった。それを強く握り締め、一歩を踏み出した。風向きとか、足に石がささったとか、舞い上がる砂とか、私にはそんなの関係なかった。私は、「キープ。キープ。」と、心の中で何度も唱えた。実際どうだったかはわからないけど、後ろからだれかが、すごいスピードで追ってきている気がした。ここで抜かれたら、みんなに合わせる顔がないと思って、歯をくいしばり、残り五十メートルくらいを本当に全力で走った。そして、第六走にバトンを渡した。
  「ワアー。」  「キャー。」
その後、あちこちで歓喜の声があがった。
 どうやら、終わったみたいだ。私のチームは一位だった。
 退場するとき、列になるとみんな自然と笑顔になっていた。朝から一生懸命やってきて、日焼けで赤く染まったみんなの顔がとてもかわいいなあと思った。
 バトンー本で、こんなにも団結できるということを初めて知った。
こんなにも、一位をとることがうれしいと思わなかった。そして、何より、席に戻って飲んだお茶の味が忘れられない。
 真っ青な空の下、地面には選手遠の足跡がかすかに残っていた。 (中2)
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 これは中2の生徒が書いたものですが、どうしてこんな素敵な文が書けるのでしょう。担任の言語や表現を大切にする日々の実践が子ども達にこうした心のこもった自分の言葉での表現になるのだと思います。そのことは次の学級通信での担任の思いを書いていることからも見ることができます。
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怒りの大放出! 
 怒った、怒った。豹20分、ああいう話は、聞きづらいことを知っていながら、いわずにおれなかった私の思い。
 事のはじまりは、5月7日の朝、スクールライフの提出時刻が迫っていた時のこと。
 「先生、集める係は、だれですか?」「僕たちの班は、どの先生にだすのですか?」
の質問の多いこと。席替えで新しい班となったので、金曜日の終礼で、、代表が、提出表に班員と提出係と提出の先生を記入することになっていたはずなのに。(書いたことを確かめなければならなかったのだなあ)それにしても、そろそろ、提出サイクルを自分たちで確認できないものかという思いもわいて来たりしたのでした。
 再度連絡をして、なんとか解決。次に昼食時間。体育の授業後だったこともあり、準備の遅いこと遅いこと、…にもかかわらず、手伝おうとする姿はなく、それぞれに好きな事をしている様子。給食終了時間まで玉分しかない状況となっても準備は完了しません。それでもだれも気に留めなていません。「あと5分で給食時間終わるし、急げ。」「手伝うぞ。」
そんな言葉駆けができていれば、学級のピンチはけっこうなんなくクリアーできるのですが、結局私が指示を出すことになったのでした。そして、なんとか合掌。
 そして、食事を済ませた休み時間。ある班の食器が一人の机に積み上げられたままで片付けられていません。しかし、班員の姿はなく、食器だけが残っているのでした。その食器について終礼で話をしたことが怒りの放出二十分の始まりでした。班員に 「だれが片付けることになっていたのですか。」と聞くと、全員が 「わかりません。」と答えました。
 「わからないのに、そのまま休み時間に入るのはおかしいのではないですか。誰かがしてくれるのでは、と、都合よく考えたのではないですか。今、解決をしてください。」と言うと、班員は顔を見合わせて固まってしまいました。沈黙の時間が流れるなか、周りから、「じやんけんして、かたづける人を決めればいいがいや。」の声が出始めました。(立派!立派!自分たちで声を掛け合い、アドバイスし合い、解決することが大事)そしてようやく、かたづける人が決まったのでした。このことを、きっかけにして、「人の行動に無関心だから、気づきがない。」ということについて話したように思います。自分の視野を少しだけ広げて、集団の中の自分を見て欲しいということを話したつもりです。(伝わっていたでしょうか。)くだらないと思うような小さなことが大切だということも話したように思います。当たり前のことを当たり前にやっていくことを大切にしていく中で、生活は作られていくのだと思います。そして、時々自分の生活を振り返り、生活を立て直そうとすることができればいいのだと思います。私が好きな作家に山本周五郎という人がいます。(この人の小説はNHKでドラマ化されたりしますので、注意してみてください。)この人の小説の中にこんな部分があります。
 「刀法には免許ということがある。学問にも卒業というものがある。しかし武士の道には免許も卒業もない、御奉公はじめはあるが終りはないのだ。日々時々、身命を捧げて生きるということは、しかしロで云うほど容易なことではない、容易ならぬことを終生ゆるぎなく持続する根本はなにか、それは生き方だ、その日その日、時々刻々の生き方にある。垢の付かぬ着物が大事ではない、炭のつぎ方が大事ではない、拭き掃除も、所持品の整
理も、その一つ一つは決して大事ではない、けれどもそれらを総合したところにその人間の「生き方」があらわれるのだ、とるに足らぬとみえる日常墳末なことが、実はもっとも大切なのだ」
なんとなく、人として大切にしなければならないことが伝わってくる文で、好きです。くだらないと思える部分に、実は自分を作り上げる大切な部分が潜んでいるのだと思います。
 朝、出会った人に「おはよう」のあいさつができていますか。スクールライフに予定を記入し、家で日記を書いて、時間に提出できていますか。朝読書の時間が始まったら、自分で静かに読み始めることができていますか。家で宿題に取組めていますか。日々の生活の墳末な部分に目を向けて自分を鍛えていきましょう。
 力いっぱい怒ってごめんよ!                      2008.5.9 の学級通信
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 子ども達への愛情に満ちた通信です。最後の、力いっぱい怒ってごめんよ! にそれが示されています。今度11月29日、午後1時から、勤労者プラザでこの先生の報告があります。ご参加をお待ちします。

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特別支援教育補助員をしている人の話

特別支援教育補助員をしている人の話を聞きました。いま学校には様々な名前や形でパートの人が子ども達と関わっています。一つの学校の4割がこうした非正規局員です。学校はこうした人達で運営が成り立っていることになります。先日もテレビで放送されていましたが、こうしたパートの先生は授業を終え、子ども達と関わりたいと思っても時間になりさよならします、給料も安く生活が出来ないので塾の講師のバイトをしているとこの番組は写していました。しかもそうした人を引っ張りだこ、その補充が出来なくて先生のいない授業があるとか、なぜ先生が足りないのに増やさずこうしたパートの人をどんどんあてるのか、教育の貧困です。昔と違って30人前後のクラスにはこれまた様々な子が登校してきます。ADHDとかアスペルガーとかこれまたたくさんの名前で判定された子がどのクラスにもいます。そうした子に申請すれば補助員がつくのですが、どのクラスにもこのような子はいると見ることができるので、その判断でいくとどのクラスにもそうした補助員が必要、ということになります。医療発達学の進歩でこうした診断が詳しく出来るようになったのでしょうか。こうした子達の増加は家庭崩壊があると言われます。虐待はその一つですが、家庭が子ども達にとって安心の安らぐ場にはなっていなくて、厳しいしつけ、放任、注意の乱発など冷たい寂しい場になっている、学校でも気を遣い、家でも気を遣う、それでも健気に生きている子ども達、そこからこうした診断を下される子が増えていることになります。家庭崩壊は親の身勝手もありますが、リストラ、低賃金、長時間労働などストレスをためこんだ生きにくい世の中の反映でもあります。結局、犠牲はいつも弱い子どもの所に来ることになります。補助員の増加はそうした子どもの増加を反映してのことだと思います。こうした話をしていてなんだか寂しく、悲しくなりました。子どもってよく頑張っているなと思います。

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円高ズシリ留学生活(北海道)

円高ズシリ留学生活(北海道)
 円高が北海道で学ぶ留学生たちの生活に影響を与え始めてきた。4日の為替相場は米ドルは1ドル=98~99円台と、先月下旬より円高傾向は弱まっているが、なお、1年前と比べれば円高水準にある。韓国・ウォンや中国・人民元に対しても円高基調となっており、留学生を取り巻く厳しい環境は当面、続きそうだ。
 北海道大は世界82か国から留学生約900人を受け入れている。経済学部で学ぶ韓国からの留学生、申盛旭(シンソンウック)さん(24)は「日本では勉強に専念したかったが、アルバイトをせざるをえないかもしれない」と話す。韓国の通貨・ウォンに対する円の価値は1年前の約1・5倍となっているからだ。
 ただ、アルバイトをするにしても、アルバイトの時給の低い点が留学生にとっては悩みの種だ。道内の私立大で最多の留学生が通う札幌大は、留学生向けに住宅補助制度(月2万5000円)などを設けるが、それでも留学生は厳しい環境にある。
 札幌大で経営学を学ぶ中国・遼寧省からの留学生、劉斉玉さん(22)は「人民元安は学費を送ってくれる両親の負担につながる。卒業後は貿易の仕事に就いて、北海道と中国を結ぶ仕事をしたいのだが…」と語った。
 札幌大では「生活費を仕送りに頼っている留学生は『つらい』と話している。政府の対策で為替の急激な変動を収めてほしい」(国際交流センター)としている。
 北海道留学生交流推進協議会によると、2007年11月現在、道内の大学や短大、専門学校の留学生数は1847人。このうち79・4%にあたる1468人が私費留学生だ。韓国からの留学生で、北大経済学部で学ぶ金仁教(キムインキョウ)さん(23)は「楽しみだった仲間との日本食の会食を控え、最近では寮で自炊するか、大学食堂の食事で済ませるようになった」という。
 「インターネットで為替相場を確認することを毎朝の日課にしている」と苦笑いする申さんのように、留学生が為替相場に気をもむ日々は続きそうだ。
(2008年11月6日  読売新聞)
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  円高で一番大変なのはこうした留学生です。日本人が海外旅行する場合はうれしいようですが、留学生の場合は逆です。学生は収入がないのでいつも弱い立場です。奨学金制度がしっかりしていてアルバイトでも高収入が期待できるのならまだいいのですが、そうではありません。親が働いて必死で仕送りしてくれるのにそのつらい気持ちはよく分かります。この人たちだけでなく、日本の大学生、特に地方から都会に来ている人も同様だと思います。アパート暮らしの場合は親のこれまた必死の仕送りで学生生活を送ることになります。こうしたお金の不安を抱えずに安心して勉学に励むことが出来るのは理想なのでしょうか。留学生の場合も国の援助がもっとあっていいと思うのですが。

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保険証のない子 全国一律に救済する仕組みを

社説:保険証のない子 全国一律に救済する仕組みを
 親などが国民健康保険(国保)の保険料を滞納し、保険証を返還させられ「無保険」状態となっている中学生以下の子どもが全国1万8240世帯、3万2903人もいた。厚生労働省が初めて全国調査して分かったもので、子どもの被保険者のほぼ100人に1人が「無保険」だった。
 世帯主が保険料を1年以上滞納すると、保険給付が差し止められ保険証の代わりに資格証明書が発行される。この結果、医療機関の窓口では全額自己負担となるので病院にいかなくなるとの懸念が出ている。
 保険料は親など世帯主に支払い義務があり、滞納を減らす狙いで保険証を返還させている。しかし、これは事実上、滞納者へのペナルティーとなっており、何の責任もない子どもに影響が及ぶのはおかしい。
 厚労省は都道府県に対し、医療が必要な子どもがいる世帯には有効期間を1~数カ月に限定した短期保険証を発行するよう通知した。ただ、国が通知を出しても、国保を運営する市町村が動かないと打開はできない。保険証のない子どもが受診できず病状を悪化させることがないよう、自治体は早急に対応すべきだ。保険料を払えない人の相談に乗り、悪質な滞納者には厳正に対応することは言うまでもないことだ。
 「無保険」の子どもへの対策は自治体によってばらつきが大きい。前橋市では1年前から世帯単位の保険証を個人カード化し、今春から滞納世帯でも中学生以下の子どもにも保険証を交付して医療費を無料にした。東京23区でも足立など10区で義務教育以下の保険給付を差し止めない独自対応をしている。しかし、こうした独自策を取っていない自治体も多い。
 「無保険」の背景に市町村の国保が抱える構造的な問題がある。国保加入世帯主の職業は従来、自営業者や農林水産業の従事者が中心だったが、最近では失業者や高齢者など無職の人が半数以上を占め、滞納者が増えてきた。一方で医療費が膨らみ、市町村は保険料を引き上げざるを得なくなり、それが滞納者を増やす要因となっている。
 現在では滞納者は国保世帯の2割弱にまで増え、市町村国保の半数以上が赤字運営だ。自治体は滞納者対策と赤字財政対策の問題に直面している。「無保険」の子どもへの対応策がばらつくのはそのためだ。
 「無保険」対策には多くの課題がある。対象年齢は中学生以下か、18歳未満か。子どもの医療費を無料にするのかどうか。国保法を改正して実施するのか、市町村に任せるのか。これを医療制度の見直しの中で議論し、速やかに決着を図る必要がある。少なくとも自治体によって対応が大きく異なるというのは急いで是正し、全国一律に救済する仕組みが必要だ。
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   保険証がない子は、風邪を引いても病院に行けない、けがをしても病院に行けなくなってしまいます。親の事情はあるにしても子どもには責任はありません。自治体の施策で救済するのが望ましいのですが、本当は中学生以下は医療費は無料でも当たり前なのです。子どもは国の宝、親の事情に関係なく国が安心して病院にかかれるよう責任を持つべきです。自治体任せになっていてしかもその自治体の運営が赤字では有効期間を1~数カ月に限定した短期保険証を発行するよう通知しても徹底しないでしょう。国が財政の面からも責任を持つべきです。子ども達が安心して学校生活を送るためにも。

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入試「裏基準」―課題校の悲鳴が聞こえる 

入試「裏基準」―課題校の悲鳴が聞こえる 正規の選考試験では合格点に達していたが、服装や態度などに問題があるから不合格にしていた――。
 神奈川のある県立高校の入学試験をめぐって、こんな事実が発覚した。
 県の教育委員会の説明によると、こういうことのようだ。
 同校の選考基準によれば、調査書と面接、学力検査の総合点によって合否を判定することになっている。
 ところが、05、06、08年度の入試で、髪の色や眉そり、スカートの長さなどの外見や、願書を出すときや受験のときの態度についての「裏基準」を設けていた。この結果、正規の基準に照らせば合格したはずの受験者のうち、計22人が不合格となった。
 県教委は、不適切な対応だったとして校長を異動させる一方、不合格とした受験生の中に希望者がいれば、改めて入学を認める方針だ。
 この学校は、毎年数十人の中退者を出し、トラブルを起こす生徒も目立つ、いわゆる「課題校」である。
 日ごろ生徒指導で苦労している経験から、問題を起こしそうな受験生を受け入れることに警戒感があったようだ。09年度からの他校との統合に備えて、07年度にいったん裏基準をやめたが、新入生を中心に問題を起こす生徒が急増したため復活させたという。
 この問題をどう考えたらいいのか。
 明るみにでた後、県教委には「服装や態度で判断するのは当然だ」などと、学校の対応を擁護する声が多数寄せられているという。
 正規の選考基準でない観点で不合格としたことは、まったく不適切というほかない。県教委が問題視したのもこの点をとらえてのことだ。
 では、今回の判断材料が選考基準として公表されていればどうだろう。
 高校は義務教育ではない。定員に合わせて選抜をする中で、学校側が面接での態度などの人物評価を基準とすることは当然、裁量の範囲だ。
 課題校にいる教員たちの苦悩は深い。ただでさえ教員の負担が増している中で、課題校はさらに厳しい状態に置かれている。問題を抱える生徒が1人いるだけで相当の労力がとられる。
 ただ、問題を起こしそうな子を排除すればすむというわけではない。
 課題校は、まれな存在ではない。にもかかわらず、教員を厚めに配置するなど、予算措置を伴う対策はほとんどなされていないのが現状だ。
 ケースワーカーを配置して教員の負担を減らすなど、学校の環境を整える努力が欠かせない。文部科学省も実態を十分に把握したうえで、対策に本腰を入れる必要がある。
 現場に過度の負担と責任を負わせることはできないが、問題のある子をできるだけ締め出さずにすむ態勢づくりを急ぎたい。
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 受験体制の学校ではこうした入試「裏基準」が出てきても不思議ではないのだろうと思います。それは教育とは何かの問題でもあります。点数や成績がすべて優先でそれでもってその人の人格までランクづけてしまうような受験体制にまで下がって考えないと解決が見えてこないのではないでしょうか。そんな根本問題を論じている場合ではないとしたら、やはりそうした子もちゃんと受け入れ、その対応をしっかりできるようにするためにも教職員の配置を増やすことです。いつもつまるところはここに行き当たるのですが、課題校でなくてもどこの学校も悲鳴を上げていると思います。

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文化の日 芸術や文化を楽しめる社会に

主張 文化の日 芸術や文化を楽しめる社会に 赤旗
 芸術の秋―。コンサートや演劇、映画館、美術館にお出かけになりましたか。すぐれた芸術作品は、国や時代の違いを超えて、私たちの心を深くとらえます。
 芸術や文化は心豊かなくらしに欠かすことができません。それらをつくり楽しむことは人びとの権利であり、その条件を整えることは政治の責務です。
 ところが、先月発表された内閣府「消費動向調査」によると、十―十二月期にコンサート、演劇、映画、美術館、博物館等への支出を「今より増やす予定」と回答した世帯は7・6%にとどまり、逆に「今より減らす予定」の世帯が14・3%に達しました。差し引きでマイナス6・7ポイントという数字は過去十年間で最悪です。
 二〇〇三年の内閣府の「文化に関する世論調査」では、一年間に「ホール等での文化芸術の直接鑑賞経験」があるかとの問いに「ない」と答えた人は48・8%でした。国民の半数は、一年に一度も生の舞台を見たり、映画館に行ったりしたことがないという実情です。先の「消費動向調査」と重ねれば、今日その状況がいっそう厳しくなっているのは明らかです。
 自公政権の「構造改革」路線が雇用の悪化、社会保障の連続改悪などで国民のくらしを直撃し、貧困と格差の拡大にくわえ、金融危機に伴って不況が深まっていることが、その背景にあります。こうして多くの国民が芸術・文化から遠ざけられているのです。
 芸術団体や専門家のおかれている状況も深刻です。
 麻生首相は十月二十六日、東京の秋葉原で、漫画やアニメを例に「日本のもっているサブカルチャーの力」を誇り、「日本って国は意外と元気」と演説しました。
 しかし、アニメの製作現場は極端に劣悪な労働条件におかれ、アニメーターを志す若者は「半年で半分、一年で七割が業界を去っていく」といわれています。
 舞台芸術の実演家の収入も減る一方です。さらに、民間劇場や映画館の閉鎖が相次ぎ、文化活動の基盤が脅かされています。
 にもかかわらず自民党政治は、文化をうみだす専門家や芸術団体に冷たいままです。文化庁予算は今年度千十八億円にすぎず、米軍への「思いやり予算」二千五百一億円のたった四割です。そのうち芸術・文化振興費は三百九十六億円で、トヨタ一社への研究開発減税七百七十九億円の半分です。
 国家予算に占める文化関係予算の比率は、文化庁の調査でもフランスや韓国の約七分の一という水準です。地方自治体での文化予算の削減も深刻です。こういう政治を切りかえ、文化予算を抜本的に増やすことは急務です。
文化活動の自由を守る
 十一月三日を「文化の日」と定めてから今年で六十年。祝日法はこの日を「自由と平和を愛し、文化をすすめる」日としています。文化の自由を圧殺し、他民族の文化をふみにじった戦前への反省がそこには込められています。
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 文化は人間にとって大事なものです。生活が苦しくなると真っ先に削られるのが文化の支出です。音楽会、美術鑑賞、演劇鑑賞、そんなものなくても生きていける、そこは無駄な出費となります。しかし、人間として、心の栄養を欠かすと寂しい人生で終わってしまいます。文化は生きていく糧として今日見たら明日変わるという即効性のあるものではないのですが、でもなくては人間性は育ちません。秋は芸術の秋でもあります。美術館や博物館に手軽に入館できるよう文化の国日本の政府も支援をしてほしいと思います。
 

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里山整備 自然と親しむ 都市部の中学生

里山整備 自然と親しむ 都市部の中学生 伐採や植樹
 自然の山で泥まみれになって遊んだ経験がない子供が増えている。都市部で生まれ育った児童・生徒にどのように自然を教えるのか。
 そんな課題に向き合うため、神戸市西部の住宅街にある市立多聞東中は、総合学習の授業で里山の整備に取り組んでいる。
 「あそこにミカンがなっている」。急斜面に間伐材を埋め込んで作った階段状の山道を、中学生が駆け上がっていく。隣接するゴルフ場と学校に挟まれた斜面約6000平方メートルは昨春まで、草木がうっそうと茂る雑木林だった。誰も近づかなかったこの場所を生徒らは今、「ハッピー・マウンテン(幸せの山)」と呼ぶ。
 里山整備は昨年、1年生の授業で始めた。自然との触れ合いを体験させるのが狙いだった。
 最初の授業はごみ拾い。山の中には古タイヤやぼろぼろの自転車が転がり、悪臭が漂っていた。木々をかき分けて進むことができなかった。肌がかぶれる生徒もおり、保護者からは「うちの子を林に入れないで」と抗議の電話もあった。
 「雨が降ればドロドロになるし、暑いし、虫も多い。最初は嫌で仕方なかった」。2年の東奏美さん(13)もそう振り返る。
 それでも授業は続いた。生徒が登り下りしていた場所はいつしか小道になった。ノコギリを使って間伐をし、光が差し込んだ場所に果樹を植えた。秋、生徒らはアケビをもぎ取り食べるようになった。

 角谷ゆりえ教諭(42)は「虫に近づいたり、土で汚れたりするのを嫌がっていた生徒らが、自然に触れるうちにたくましくなった」と成果を語る。
 ベンチを置きたい、子供たちにもっと鬼ごっこや隠れんぼをしてほしい――。生まれ変わった斜面に生徒らの夢が膨らむ。「10年後、ここで同窓会をして、果物やシイタケを食べよう」
 独立行政法人・国立オリンピック記念青少年総合センターの調査によると、昆虫をつかまえた経験がある小中高校生は1998年に81%いたが、2005年は65%になった。ロープウエーなどを使わず登山したことがある児童・生徒は47%から32%に減ったという。
 信州大教育学部の平野吉直教授(野外教育)は「今の子供たちは、自然の中で我慢や工夫、他人との協力を学ぶ経験が少ない。学校や地域が自然に触れる機会を与えてあげなければならない時代になっている」と指摘する。(東礼奈)
(2008年10月31日  読売新聞)
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 そうですね。自然そのものがなくなっていく今の世の中で、子ども達が自然と親しむことをどのように考えればいいのでしょう。昆虫をつかまえた経験のある子が65%、自分の足で登山したことがある子が32%、というのは深刻です。もっとも今はそうしたものにかかわらなくても生きていける時代ですし、かかわりの場所が近くにないという現実も背景にあります。登山にしても子ども会関係の人が計画しようとすると上部の人がまったとか、慎重にとブレーキをかけるのもこれまた現実です。事故や怪我を心配してのことでしょうが、そうしたことも含めて自然とのかかわりは考えてみなくてはいけない問題だと思います。「うちの子を林に入れないで」と抗議の電話も今では珍しいことではありません。始めは嫌がっていた子ども達がたくましくなった、アケビも食べるようになった、とあるようにこうした変化の過程が本当は大事なのだろうと思います。それは子どもをたくましくすることでもあります。こうした活動がきっかけで、家族で山に出かけるとか登山するようになればしめたもの、そこまで見通した活動が広がることを期待します。

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