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学童クラブの施設と環境

 用事があって隣接の町の学童クラブを訪ねました。平日の午前なので子どもは学校へ行っていて誰もいません。素敵だなあと思ったのは、施設の環境でした。学校の隣、同じ土地にあります。その学校はと言えば広い玄関前の敷地です。駐車場というより玄関前広場ですね。その横に学童があります。下は町の人が使うコミュニティ施設その上が学童の部屋です。入ってみて広い部屋と明るい間取り、作品や飾りもいっぱいあってこれなら学校から近いし、ただいま、と元気に学童に帰ってこれるしいい環境だなあと思いました。学校の体育館や運動場も遊びに使えるそうです。最高ですね。学校に隣接して学童があり、施設も立派であることは大事なことだと思いました。そこで指導員の報告がありました。愛は1年生、3年のお兄ちゃんと2人兄妹。そのお兄ちゃんは行動面で衝動性があり他児とのコミュニケーションが取りにくいとのことで虐められていると母親は見ていて、そのお兄ちゃんに手がかかって、愛はほおっておきぼりの様子もあるとのこと。その愛、自分の思いがかなわないと、そのまましゃがみ込み、「私のこと嫌いなんやろ」「もう一生遊ばん」と動かなくなる。他方では、運動も好きで1年女児10人の中では進んで遊びを進めたりするリーダー的な所もある。でもいじけた時の顔の暗さが気になるという。「私のこと嫌いねんろ」の裏には「嫌いにならないで」と伝えているように感じた、と指導員は述べている。そして、いじけていなければ愛の居場所がないのかもしれない、愛の寂しさを感じた、とも。6月のこと、遊ぶ相手が2人ずつそれぞれ決まったのに愛の相手はいない。そこで指導員は「あら愛ちゃん、あのね、私も遊ぶ人が今日いないんや。どうや、一緒にあそばんけ。」と伝えた。愛は目を丸くびっくりしていた。それでもうれしそうな顔になっていた。「何してあそぼうか。」と聞くとよほどびっくりしたのか、言葉がでてこない。「よーし、抱っこユラユラ」と抱き上げてみた。愛はほっとしたらしく「どっかいこう。」と言った。砂遊びを始めると同級生が来て「なにしとらん。」「砂遊びや。」と得意げに言い、「まぜて」「いいよ」と和やかに遊び始めた。この報告の流れからしても、愛の寂しい気持ちに寄り添う所から指導が始まると思いました。「よーし、抱っこユラユラ」なんてお母さんにしてもらったことがない様子ですし、この実践は素敵ですね。この子の寂しさ、甘えたい気持ちをお母さんに伝えることもいります。リーダー性があり運動が得意な愛ちゃん、その素敵さを日々お母さんに報告しながら、自然な形で愛ちゃんの寂しさも伝えていけば、と思いました。

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入学して感じるうれしい「意外」

【アンケート】入学準備シリーズ 小学校編2 入学して感じるうれしい「意外」
このニュースのトピックス:学校の現場レポート
アンケート期間:2009/01/14~15 回答者数:1,317人
 子どもの小学校入学を控え、多かれ少なかれ心配する保護者が多いでしょう。ほかの子と一緒に時間内に給食を食べられるのか、幼稚園や保育園より遠くなっても歩いて通えるのか、授業時間中、静かに座っていられるのか、友達はできるのか……と枚挙に暇(いとま)がありません。しかし、新入学は不安だけでなく、期待や希望、思わぬうれしさを保護者が感じるチャンスでもあるのです。
 前回に引き続き、小学校低学年の保護者のかたに行ったアンケートから、子どもの適応力や、がんばろうとする力に驚かされたという保護者のかたの声を紹介します。
 入学してから意外だったことを伺ってみると、「心配していた割には大丈夫だった」という声です。多少、最初はうまくいかないことがあっても、まわりのクラスメートと一緒に取り組むことで前向きになるため、しばらくすれば、学校生活に適応していけるようなのです。
「入学を機に変わった」「うちの子、こうだったんだ!」といったように、保護者のかたにとっても我が子の新しい一面を知る機会になっているのが新入学であるということがひしひしと伝わってきます。
友達・人間関係、わりと大丈夫でした!
 * おとなしくて内気だと思っていたので、同じ園から入学する子がいなくて心配していました。しかし入学式の日に友達を何人も作ってきて、式が終わってから校庭で遊びだしたのにはびっくりしました。
 * 人見知りの激しい子だったので、先生とうまくやっていけるか不安だったが、毎日先生とおしゃべりしたりと、積極的に行動していてびっくりした。
 新しい顔ぶれになるため、知らない子に声をかけることがおもしろい、楽しいと思えるのかもしれません。一人で遊んでいる子に声をかけたり、遊ぶ約束をしたりすることをほかの子のやり方を見て覚えるなど、いろんなことを試して学んでいくようです。
うちの子、しっかり者だった!!
 * うちではだらしないのに、学校だと人のことまで世話を焼くしっかり者でした。
 * お友達と案外うまくやれること。お友達に頼られると、けっこうがんばる姿が見られ、段々しっかりしてきた。
 * せかせかした子なので、けっこう忘れ物をするのではないかと思っていましたが、思いのほか几帳面(きちょうめん)で、きちんと自分で準備をしてほとんど忘れ物なく、先生の話もよく聞いて想像以上にしっかりしていました。
 * 家にいる時は、部屋の中におもちゃなどを散らかしたままにしているが、学校ではちゃんと整理整頓していることを先生から聞かされ驚いている。
 この回答は実に多くのかたからいただきました。おうちではまだまだ甘えんぼうでも、外ではしっかりしている、ということなのです。しかし、逆に言えば、外で気を張ってがんばってくる分、おうちでゆっくり甘えたい、ということなのかもしれません。新1年生は吸収することで精いっぱい。けじめをつけつつ、疲れている時は休ませてあげましょう。
リーダータイプだった!
 * おとなしいタイプだと思っていましたが、クラスの中心になっていろいろな意見を出し、リーダー的存在なので意外に思いました。
 * 下の子なので家ではものすごく甘えんぼうなんですが、学校ではクラス一のお姉さんで、面倒見もよく困っているお友達を助けてあげられる子、らしいです。
 * 学年集団下校の様子をベランダから見ていると、けっこう仲良し集団のリーダー的存在になっているのが意外だった。
 上にきょうだいがいるとわからなかったリーダーシップが発揮されるということなのかもしれません。家ではお兄ちゃん・お姉ちゃんにまとわりついているのに、みんなの先頭を歩いているのを見て保護者のほうがびっくり!ということもあるようです。うれしいびっくりですね。
勉強、うまくいっている!
 * 何も教えていなかったにもかかわらず、計算が速くて正確。
 * 思った以上に勉強ができていること。どちらかというとおっとりタイプなので、ついていけるか心配していましたが、良い方向に裏切ってくれました!
 * 勉強を強制したことはないのに、姉のまねごとで勉強をしていてそれが成績につながっていること。姉も根気良く教えていて、見ていてほほえましい様子。
 勉強は始まってみてからわかることでしょう。1年生のうちは授業を楽しく感じ、そして積極的に参加できることが大切ですから、先生や友達との関係にも気を付けておきたいものです。
体力的に大変なはずなのに……!
 * 学校まで遠いのですががんばって歩いていること。高学年の子のスピードなのでかなり速いのですが……。
 * 学校までの通学距離が長いのですが、意外と疲れ知らずというか不満を言うことがなかったです。
 * 思ったより、楽しそうに毎日通っています。遠い道のりですが、重い荷物を背負って毎日がんばって歩いています。
 体力的には厳しいのでしょうが、学校へ行く楽しさ、お兄さんお姉さんとの集団登校のウキウキ感が、通学をつらいと感じさせないのかもしれません。
 最初のうちは体力がなく、途中で座り込んでしまったり、泣き出してしまったりする子もいますが、夏前までにはすっかり慣れてしまうようです。
給食、みんなの前だとがんばれる?
 * 給食を残さず食べていること! 見栄張りな性格がプラスに転じ、家では食べないものもみんなの前では食べるらしい。
 * 給食を喜んで食べ、おかわりまでしていたこと。変わったメニューや食べたことのないものまでちゃんと食べられた。
 * 給食の威力は絶大で、好き嫌いが随分減った。
 もうひとつ、多かったものが「給食」に関するもの。
「給食だから」「食べることをある程度強制されるから」というよりは、「みんなの前ではちゃんと食べられるところを見せたい」であるとか、「大好きな友達が食べていたので、食べてみたら食べられた!」という気持ちの面が大きいようです。入学前になるべく食べられる種類を増やし、決まった時間に食べられるようにしておくことが必要、と多くの保護者のかたが感じていますが、給食のこういった効果も期待できる、ということですね。
 いかがですか。新入学をきっかけに、新しい我が子の姿、成長していくたくましさを発見できそうではありませんか? 新入学はお子さまだけでなく、保護者のかたにとってもワクワクするものであることを改めて実感したアンケートでした。
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入学のドキドキ感は子どもだけでなく親もそうなのですね。我が子に意外な面、力がある面を発見したり知ったりしていますが、学校で集団で学び生活するって、幼稚園保育園とは違った効果があるようです。張り切りの我が子は緊張と疲れて家に帰ればぐったりです。着替えや後片付けがだらしなくなっても甘えさせて上げましょう。入学は人生の大きな節目です。

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授業料未納なら「卒業証書渡しません」

授業料未納なら「卒業証書渡しません」 島根の県立高校2009年2月27日
 島根県安来市の県立安来高校が1月、3年生約150人すべての保護者に、授業料などが未納の場合は「卒業証書をお渡しできません」と告げる文書を出した。これを知った県教委が県立44高校を調べたところ、ほかに7校が同様の対応をとっていることが判明。県教委は26日、「未納を理由に卒業証書の授与を拒むことはできない」と全県立高校に通知した。
 安来高校は1月20日に保護者に配った「県立高校授業料(2月分、3月分)及びPTA等諸会費の口座振替について」と題する文書で、2カ月分の計3万8300円を2月16日に口座振替することや、残高不足で振替できなかった場合は2月末までに納めることを求めた。そのうえで「期限までに全額納入がない場合は、卒業証書をお渡しできませんのでご承知ください」との一文を入れた。
 同校によると、全校で毎月10人前後の滞納があり、事務長の発案で昨年から一文を入れ始めた。期限内に全員が納入したため、実際に卒業証書を渡さなかった生徒はいないという。栂瀬(とがせ)久男校長は「卒業証書の授与と授業料などの滞納を結びつけたのは配慮を欠いていた。生徒と保護者に申し訳ない」と話している。
 2月初めに外部からの指摘でこれを把握した県教委は、全県立高校を対象に過去5年間について調査。その結果、ほかに7校が04年度から、未納分があった計65人の保護者に個別に口頭や文書で、納付しなければ卒業証書の授与を延期すると伝えていたことがわかった。うち県西部の1校で06年度、1人に卒業式で証書を渡さず、その後渡していた。他校では実際に渡さなかった例はなかったという。
 県教委高校教育課の河原一朗課長は取材に対し「卒業証書を人質にとった形で不適切だった。指導を徹底したい」と話した。(徳島慎也)
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 この件では、県教育委員会がよっぽど姿勢がいいと言えます。卒業証書を渡す条件に授業料完納があるとはどう見ても不合理です。生徒の責任ではないし、またずるをして払わないという内容とも違います。校長もあとで申し訳ないと言ったのが救いでしょうか。こうしたことが時としてニュースになること自体が学校が依然として権力の存在、残存であることを示しています。登校ということば、下校もそうですが、学校が村の中心で登る、下るというなごりを示しています。学校は楽しい所、分からないから分かるために行く所、友達が出来るために行く所です。教師がこうした意識改革をしないと学校はかわりません。

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ドラえもん

今朝、学校への道を歩いていました。風は冷たいのですが、日はさしてなくても周りは明るく輝いていて春近しを感じます。4年生の男の子が走って近づいてきて、話し始めました。7日といえばまだ1週間以上も先のことですが、その日が待ち遠しいとのこと、聞いてみると映画を見にいくそうです。どんな映画か、1つ2つあててみて、3つめに当たりました。「ドラえもん」です。へえ、まだ子ども達に人気なのかと思いました。自分の子が子どもの時にドラえもんが大好きでそのぬいぐるみを抱いていたのを覚えていますから、もう20年から30年も人気は続いているのでしょうか。その人気の秘密はと考えてみました。多くのものはブームのあと、消えるようになくなっていくのですが、ドラえもんは違うのです。考えさせる部分やこんなことが出来たらいいという子どもの夢と合致し共感の部分があるからでしょうか。ビデオでもかなり浸透していると思うのですが、やはり映画はは子どもにとっても楽しいようです。前日には日本の映画がアカデミー賞に輝きました。玄関につくと、お知らせの看板が、今日は6年生を送る会のようです。これを見てまた、春が近いなあと思いました。

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トヨタ車以外で通勤する人は手当半額

トヨタ車以外で通勤する人は手当半額 豊田の部品会社2009年2月23日
 トヨタ車に乗らないなら半分で我慢して――。トヨタ自動車の“おひざ元”愛知県豊田市の部品会社が、トヨタ車以外で通勤する従業員の手当を半額にした。会社はトヨタの取引先だが、資本関係はない。担当者は「うちはトヨタで成り立っている。自主的に協力した」と説明している。
 この会社によると、1月に社内規定を変更し、自家用車で会社に通う従業員に支給していた通勤手当を「トヨタ系列」と「トヨタ系列以外」の二つに分割。トヨタ自動車、ダイハツ工業、日野自動車の3社の車に乗る従業員にはこれまでの金額を支払う一方、それ以外のメーカーの車に乗る従業員は半額とした。
 例えば、自宅から会社までの片道距離が5キロ以上10キロ未満の場合、メーカーにかかわらず月7千円を支給していたが、規定変更後はトヨタ系列の車が7千円、それ以外は半額の3500円になった。同社によると、トヨタ系列以外の車で通勤している従業員は全体の約3割という。
 同社は、トヨタ自動車の業績悪化の影響で売り上げが落ち込んでいるという。担当者は「トヨタがあってうちの社が成り立っていることを従業員一人ひとりに意識してほしかった。自社製品があれば『うちの製品を買って』と言えるのだが……」と話す。
 一方、他のメーカーの車に乗り、通勤手当が半分に減額された従業員の一人は「従業員にトヨタ車の購入を強制するようなやり方は許せない。他に経費節減の手段はあるはずだ」と不満を漏らす。
 トヨタ自動車広報部は「コメントする立場にありません」としている。(広島敦史)
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 こうした発想はよくあるのですが、先般も家電メーカーの上司に自社の製品を2万?以上買って、というのがありましたね、そんなのを時々見るのですが、車は自分が仕事で一生懸命組み立てているのと、自分の車に愛着を持つこととは別ですよね。嗜好なも似たものがあり、自分の好きな車がたまたまトヨタ車ではなかっただけのことだと思います。それをトヨタ車でないから愛社精神がないみたいに取られて通勤費が半額とは、どう見ても不合理です。こんなことを通しているから日本の国はせせこましくなるのです。そのように、形で押し切る発想は至る所にもあります。特に顕著なのは学校教育だと言っていいかもしれません。労働意欲をなくしてしまいます。

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日教組教研集会:「小学校英語」に否定的

 日教組教研集会:「小学校英語」に否定的 授業受けた中学生多数「役に立たず」
 広島市で開かれている日本教職員組合(日教組)の教育研究全国集会で22日、小学校での英語授業について「楽しくなかった」「役に立っていない」などと否定的に考えている中学生が多数を占めるというアンケート結果が報告された。
 小学5、6年生の外国語活動が必修になる新学習指導要領は11年度から全面実施だが、09年度から多くの小学校で英語授業が実質的にスタートする。
 この日は、ほとんどの生徒が小学1年から英語授業を受けている東京都目黒区立中学校の女性教諭(60)が今秋、1~3年生計168人(全生徒の約8割)に実施したアンケート結果を報告した。
 「あまり楽しくなかった」「楽しくなかった」との回答は87人で半数を超え「とても楽しかった」「楽しかった」の81人を上回った。楽しくなかった理由は「意味も分からず発音していた」「生徒が盛り上がらず先生だけハイテンションだった」などだった。また「(中学で)あまり役に立っていない」という回答は70人で全体の4割を上回った。「全く役に立っていない」が38人。「少し役に立っている」が51人だった。
 神奈川県内のある市立小学校の男性教諭(48)は競技名など五輪にちなんだ言葉を中国語で書いたカードを示し、英語で答えさせる実践例などを報告。市内から抽出した児童約150人のアンケートで96%が英語授業を「楽しい」と答えていると発表した。
 出席した教諭からは「なぜ嫌いになるのか、教え方のどこが悪かったのかなどを検証する必要がある」などの意見が出た。【加藤隆寛】 毎日
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 その気にさせる、英語を使いたいと思わせることが必要です。そのためには英会話を先行するのでなく、外国の生活、文化、風土を日本との違いを示して関心を持たせるのも有効です。英会話だけが強調されると難しくて嫌になります。何故小学校で英語か、この問題も現場の意見を聞くこともなしに先行決定しています。こうした一方的な施策のあり方が、学校の子ども達にも重い影を落としています。また、何故英語だけなのか、この問題も消えていません。中国語だって有効なはずです。何でも決めて、それがちゃんと実施され成果を上げているか点検するという今のやり方は本当に疑問です。

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PTA共済 法整備へ

PTA共済 法整備へ 廃業対策 自治体などの監督下に
 保護者の掛け金で子供の事故に備えるPTA共済団体の存続を巡る問題で、自民党は新たな根拠法の検討に着手する。
 行政の監督を受けない無認可共済を禁じた改正保険業法の施行(2006年4月)に伴い、多くのPTA共済が廃業、縮小を余儀なくされる事態となっているが、活動の維持を求める声が強いことに応えるものだ。公明党のほか、野党にも共同提案を呼び掛け、今国会で議員立法による成立を図る方針だ。
 具体的には、無認可のPTA共済を都道府県などの自治体や教育委員会の監督下に置くための立法措置を取る案が有力だ。
 PTA共済は年額100円~数千円の掛け金で運営され、文部科学省によると、主として都道府県ごとに少なくとも60団体ある。加入者は約700万人、積立金の総額は100億円超とされる。公益法人の形態をとらない無認可運営の団体が多く、改正保険業法で掛け金を集めることが禁じられた。
 保険会社に委託するか、保険業者として登録すれば存続可能だが、PTA側は「掛け金が高騰し、審査に時間がかかる」などと消極的で、少なくとも20団体が廃業に向けて積立金の取り崩しを続けている。公益法人のPTA共済の場合も、13年には行政改革の一環として行政の監督が外れるため、無認可状態となる見通しだ。
 しかし、PTA共済には、授業や学校行事中の事故で独立行政法人「日本スポーツ振興センター」の災害共済給付制度に基づく見舞金に上乗せ支給したり、学校外や保護者の事故にも柔軟に適用するなどの実績から、存続を求める声が強い。
 政府は保険会社委託か、保険業者登録による対応が望ましいとする立場のため、自民党は議員立法での救済に乗り出すことにした。
(2009年2月22日  読売新聞)
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 わずかな掛け金で、子どもが学校で怪我した場合に給付金が出るシステムはどこの地域や学校にもあるのではないでしょうか。廊下でぶつかって怪我をしたり、体育の授業で骨折したり、休み時間の怪我など子どもは怪我が絶えません。行政の監督を受けない無認可共済を禁じた改正保険業法の施行、というこれがくせ者で、私の関係している山岳会の自主共済保険もこの対象です。どんな形に持って行くか、論議の最中だそうですが、自分達の身内で出し合って遭難などの事故があれば見舞金を出す、こうしたみのを認めない、民間の保険に入れというわけです。そうなると高額の保険料になります。どうしてこんな規制ばかりを強行してくるのでしょうか。保険会社を有利にするためでしょうか。PTA共済団体の存続だけでなく他の所の存続も願いたい、そんな意味で自民党の新たな根拠法の検討に期待します。

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講師2百人採用

講師2百人採用、全小中で無料補習へ 東京・大田区2009年2月21日 朝日       東京都大田区教育委員会は新年度から、放課後や土曜日に全小中学校で希望者を対象にした補習を無償で実施することを決めた。正規の教員とは別に、教員免許をもつ約200人を「学習指導講師」として採用して指導にあてる考えだ。
 公立校が学習塾と連携して補習を実施する事例は各地で出始めているが、正規の教員と別に「自前」で大規模に指導者をそろえて展開する例は珍しい。学力向上を求める保護者の要請に応えつつ、教員の過重負担を避けるねらいがあるという。
 大田区教委によると、補習の対象は小学3~6年生(60校)と中学生の全学年(28校)で、小学生は算数、中学生は数学と英語について実施する。
 算数・数学では、教科書に準拠した共通の小テストをまず正規の授業で年間20~30回実施。一定レベルに達しなかった児童・生徒のうち希望者に、補習専用に作ったドリルを使って無料で指導する。英語については、希望者に英検4、5級の受検テキストを無料で配り、補習で指導する。
 放課後補習は、各校で週4~12時間程度になる見通し。土曜補習は年6回、全校で共通日を設定し、午前中に2時間実施したいとしている。
 子どもたちを教える「学習指導講師」は教員免許を持っていることが原則。既卒の教員志望者や退職教員を想定しており、非常勤職員の身分で各校に2~3人配置する。基礎学力の底上げとともに雇用の確保にもつなげたい考えで、区教委は事業費として新年度予算案に約5400万円を計上した。
 公立校の補習をめぐっては、私学の人気が高い大都市圏で塾と連携した取り組みが目立つ。東京都杉並区立和田中学校で昨年1月から実施されている「夜スペ」は学力の高い生徒を伸ばすためのもので、平日夜と土曜に進学塾・サピックスの講師が教える。大阪府教委も、小中学校の放課後学習に塾講師を活用することを決めている。(小石勝朗)
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 希望者を対象というのは塾の発想でしょうが、こうしたシステムでなくて、学校という制度の中で分からない子を分かるようにするという原則ではないのが不思議です。そうしたことに区の予算を使っても公教育としての意義は見つかりません。 5400万円で、学校に教員を配置し学校の教育活動で細やかな指導でどの子も分かるようにするのがベターではありませんか。

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保育所:入所希望が殺到 不況で「働く母」急増

保育所:入所希望が殺到 不況で「働く母」急増--東京23区
 東京都内で4月からの認可保育所への入所申し込みが殺到している。不況で家計が圧迫され、働きに出ざるを得ない母親が急増したのが原因とみられる。女性の就業率上昇により保育所のニーズは年々高まっているが、不況が保育所不足に拍車をかけた格好だ。
 東京23区を対象に入所希望者の数を調べたところ、08年の前年比7%増から一気に約30%増となった杉並区を筆頭に、板橋区約21%増▽世田谷区約18%増▽練馬区約17%増--などが近年にない伸びを示し、中央区、千代田区を除いた各区で軒並み増加している。
 希望者急増について、杉並区保育課は「これだけ増えるのは想定外だ。景気悪化の影響が顕著に表れたのではないか」と話している。
 東京都は保育所に入れない待機児童数(08年度)が全国で最も多い。このため、各区とも定員増を進めているが需要増に追いついていない。都内で最も待機児童の多い世田谷区では4月の募集枠1800人弱に対し、3376人が応募しており、待機児童はさらに増えそうだ。保育所希望者は仙台市や大阪市でも前年を上回っており、もともと待機児童の多い都市部で広がっていることがうかがえる。【山崎友記子】
 ◇「保育園を考える親の会」の普光院(ふこういん)亜紀代表
 このままでは認可保育所に入れない子どもが大幅に増える。危機的状況だ。保育所以外の空き施設を臨時に活用するなどの緊急対策が必要だ。
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未来育て:第4部・格差と少子化/3 入れる保育所がない…
 入れる保育所がない。「働かないとやっていけないのに」
 激戦続く都市部/過疎地では施設統廃合
 「子どもが保育園に入れなかった理由を教えてください」
 長女(1)が認可保育園の入所選考から漏れた通知を受け取った東京都世田谷区の会社員、菅原明子さん(30)は怒りのあまり区役所に電話を入れた。昨年2月のことだった。
 長女は07年10月生まれ。本来なら1歳の誕生日の直前まで育児休業が取れるはずだった。しかし9月や10月など年度途中で保育園に入るのは極めて難しいため、休業を早めに切り上げ、08年4月の入所と職場復帰を目指していた。
 夫婦ともフルタイムの勤務。入所選考の基準からいえば有利なはずだった。「世田谷は(保育園の)激戦区と聞いていたので、できるだけのことはやったつもり。でも全く歯が立たなかった」と振り返る。
 職場復帰するにはどこかに預けなければならない。菅原さんは、万一に備え事前に申し込んでおいた区内の保育室に入ることができた。しかし、国の基準を満たす認可園と違い、保育室には園庭などがなく、対象も2歳までに限定されている。
 09年4月入所の申し込みは満を持し、希望の園を区内全域の15カ所に広げた。自宅から遠い園に決まれば引っ越す覚悟だ。それでも「これだけ希望を書けば、どこかには入れますよね」と区の窓口で念を押すと、返ってきた答えは「100%の約束はできません」。苦笑するしかなかった。
 同区の08年4月現在の待機児童数は335人。都内で最も多い。09年4月の入所希望者は、激戦だった08年4月に比べ、さらに500人も増えている。一方、募集枠の増は100人にも満たない見込み。「決まるまで気が気じゃない」。菅原さんは今月下旬の入所の内定通知を、やきもきしながら待っている。
 求職中の人にとって、保育園入所の壁はさらに厚い。
 新宿区に住む浅野麻理子さん(38)は17年間、歯科衛生士として働いてきた。しかし一昨年、長男(1)の妊娠、出産を機に退職。当時、職場の女性は全員未婚で育児休業の取得者も前例がなかった。働き続けたかったが「育休を取らせて」と言い出せなかった。
 出産から3カ月後。歯科衛生士として仕事を再開するため、認証保育所を回り、入所希望の登録をした。求職中でも、勤務状況などによる入所選考がある認可園に比べれば入りやすいはずだった。
 だが認可園の待機児が増えたため、認証保育所も空きを待つ人が30人以上という所がざら。6カ所に登録したものの、半年以上たった今も入所の見込みは全くない。
 「求職中では保育園に入れないし、預け先が決まらない限り採用してもらえない。いったいどうすれば……。夫婦で働かないとやっていけない時代なのに、産んでも働ける環境がないなら誰も子どもを産まなくなる」。待機児童の増加は、さらなる少子化を招く可能性をはらんでいる。
 都市とは逆に地方では子どもの減少や自治体の財政難で、保育施設の存続が危ぶまれる事態が起きている。
 先月、全国の私立保育園の園長らが参加し、群馬県みなかみ町で開かれた過疎地保育サミット。会場からは「子どもが減って経営が難しい」「保育園がなくなれば、子ども同士で遊ぶ場もなくなる」など保育の危機を訴える声が相次いだ。
 会場となった同町も人口減と、2町1村の合併で増えた職員と予算を圧縮するため、保育園の統廃合が進められている。
 現在、公立4園、私立1園があるが、私立園以外は定員割れ。町立幼稚園4園も定員割れだ。今春は、公立1園と公立幼稚園を統合して公立の認定こども園に、来春には公立2園と私立幼稚園1園を統廃合して民設民営の認定こども園に切り替える予定だ。同町の柳健教育課次長は「耐震工事の必要もあり、統合しないと維持できない」と説明する。
 来春の統廃合対象の保育園に長女(4)を通園させる阿部尚樹さん(37)は「今は園まで車で5分以内だが、統合後は15分かかる人も出てくる。しかし子どもにとって集団体験は大切なので、子どもが少ない以上統合に反対できない。せめて新園は孫の代まで使えるようにしてほしい」と話す。
 過疎地の保育問題に詳しい文教大学の桜井慶一教授は「人口減が続く日本では、保育所統廃合は過疎地域だけの問題ではない。子どもが少ないからこそ、集団的保育施設はますます重要になる。財政問題だけで考えるべきではない」としている。【山崎友記子】
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 二つの記事は保育所の入所をめぐるものです。入所希望が殺到の都市、保育施設の存続が危うい地方、それぞれに見合った素早い対応が必要です。設置基準などの規定は杓子定規になることがあります。これだけ経済の状況が急変して働きたい、働かないと生活できないという状況が生まれニーズがある場合は、保育所を増やす、予算化して保育士もふやす、あいている施設を臨時保育所にするなどの素早い対応が必要です。地方の統廃合も財政軽減でなく、住民の要望や保育士の意見も聞いて行うのが原則です。生きた政治はここでも求められます。話は違うのですが、災害備蓄用として保管していたアルファー米などの食料を賞味期限1年未満のものを派遣切りに会って食べるのに困っている人に配布した、というニュースがありました。これなどは生きた政治といえます。こうした生きたスピーディな政治が必要です。

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変化する不登校・引きこもりの取り組み

変化する不登校・引きこもりの取り組み 心の叫びに耳傾け 2009.2.21 08:00 産経
不登校や引きこもりの子供と家族を支える取り組みが、変化してきている。「とにかく学校へ」と、とにかく登校させようとする風潮から、大人が子供の心の叫びに耳を傾け、自身の問題として反省を込めて受け止めることで、改善が見られる事例も目立つようになった。東京都内で始まった2つの取り組みをのぞいた。(中島幸恵)
 東京・高田馬場のビルの一角にある「東京家学」((電)0120・859519)は昨年8月、自らも不登校体験を持つ早稲田大学の学生らが中心となって設立した。
 学校に行かない小中高生を対象に、勉強を教えたり相談相手になったりする個別指導を行っており、現在は首都圏の子供25人の自宅へ、20人ほどの学生を派遣している。
 設立者の一人で同大政経学部を来春卒業予定の馬場祐平さん(26)は「実際に派遣先の親子それぞれと話してみると、考えが食い違っており、親子の信頼関係が築けていない場合がほとんど。親は『学校に行かない』という事実ばかりに目を向けるが、まず子供がどういう気持ちでいるのか、本音を存分に語れるよう子供に向き合ってほしい」と話す。
 馬場さん自身も私立中学を1年で、公立高校を2年で中退。「学校に行かない世間の偏見が根強く、一度レールを外れると前向きにやり直せる場所がなかった」と当時を振り返る。
 中高時代は勉強する意味を模索していたが、親や教師は「とにかく学校に行きなさい」と説教するばかり。「高校をやめて街をふらついていたとき、偶然知り合った男性に相談に乗ってもらうなどしているうちに、大学進学の夢を持ち、早大に合格した」という。
 馬場さんは「信頼できる大人に出会い励まされたからこそ今がある。今度は自分たちが悩み苦しむ子供たちの背中を押してやる番です」と話す。
 初めはなかなか心を開かなかった子供も、学生と一緒に外出したり雑談を交わしたりしているうちに自信を取り戻し、新たな目標を見つけて挑戦したり、学校生活に戻ることも多くあるという。
 親自身が現実を受け入れ、自らを変えようとする動きも増えてきた。
 NPO法人「SEPY(セピイ)倶楽部」(東京・大塚)は、親子関係を見直して子供への接し方を改めるなど、親自身の考え方を改める活動に力を入れるようになり、一定の成果を挙げている。不登校や引きこもりの子を持つ親が、相談相手もなく孤立しがちであることから、まず親自身が外に出て同じ悩みを持つ者同士で情報交換するところから取り組み、現在の活動方針に行き着いた。
 代表を務める千葉伸子さんの長男(25)は中学高校と不登校だったが、現在はサラリーマン生活を送っている。千葉さんは「不登校になるまで息子の本心をきちんと受け止め、見守ることができなかった。子供が学校や社会に適応できないからといって子供自身を責めるのではなく、親自身の問題としてもとらえ直すことで、子供の心が見えてくるんです」と振り返る。
 最近は大学生や社会人の引きこもりに悩む中高年の親の参加も目立つという。千葉さんは「社会に出てからも他人とコミュニケーションがうまく取れず、人間関係で悩む大人は多いが、親子関係を見直すことで解決が期待できるのは不登校の問題と同じ。焦らないで見守る心の余裕をはぐくんでほしい」と呼びかける。
 「SEPY倶楽部」は来月1日、東京・目白で不登校や引きこもりなど子育てに悩む親が集まり、体験や解決策を話し合う「全国親の会」を開く。申し込み・問い合わせは同会(電)03・3942・5006。
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 自身も私立中学、公立高校を中退した人がこうした取り組みをしていることを評価します。学校に行ってほしいという体裁で親は子を見る、でも普通の親だったらこうなるのは当たり前だと思いますが、そうした我が子を見る目が変わり断絶がへるとどれだけ子どもが救われるか、そうした主張が見て取れます。そのとおりなのです。でも渦中の時はそうした思いに着くのは容易ではありません。せめて後に子どもが成長した時、我が子をそうした見方で接するでけでもどれだけ子どもの気が楽になることか、と思います。不登校・引きこもりの要因や対象の場は学校やその他へも広がっています。高校大学はもとより、職場もそうです。馬場さんもそうであったように、相談出来る大人、話を聞いてくれる人との出会いが大事です。それができて本人も大学を卒業したのですから。

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記者の目:橋下大阪知事に萎縮し続ける教育現場

記者の目:橋下大阪知事に萎縮し続ける教育現場=鮎川耕史
 タレント弁護士から転身した橋下徹・大阪府知事が今月6日、就任1年を迎えた。依然として府民の支持率は高いが、実際、府政にかかわる現場の人たちは「橋下1年」をどう受け止めているのか。特に橋下知事が力を入れる教育現場の本音を知りたくて、府内の公立小・中学校と府立高校の校長を対象にアンケートを実施した。橋下知事に対する意見も聞いたが、強い批判や不満が目立った。
 橋下知事は、全国学力テストの市町村別データの公表や、「夜スペ」で知られる東京都杉並区立和田中前校長の藤原和博氏の府教委特別顧問への起用など、教育への取り組みに熱心だ。一方で、「学校は府民のニーズに全く応えていない。学力だけがすべてではないとの考えが、はびこっている」と公言するなど現場には容赦なく、校長に広がる不満は予想できた。校長633人の回答を読んで、大阪の教育はまさにふんばりどころにあると感じる。その上で、これら校長の反発が、学校を活性化させるエネルギーにつながるのか。それとも意欲の停滞を横行させるのか、考えた。
 印象に残るのは、ある小学校校長の回答だ。一部を要約する。
 「質問に答えることは控えます。橋下知事の姿勢は、現場の意向を尊重せず、一方的に押しつけようとするものだからです。調査結果は知事に批判的なものになり、貴社はそれに沿った記事を掲載するでしょう。知事はそれを真摯(しんし)に受け止めるどころか、攻撃材料に使うことは明白です。今の教育現場は、『正論を言えばつぶされる』『ただじっと耐えているだけ』という、窒息しそうな状況にあります」
 記述はこう結ばれていた。「私の周囲の校長の多くは、同じ理由で『アンケートに回答は出さない』と語っています。教育を守るためのやむを得ぬ手段であることを理解してください」
 現状の圧政に、ただ黙って耐えているのだ、という訴えだ。いったい何が起きているのか。
 昨年11月、橋下知事に請われて府の教育委員になった陰山英男氏が小中学校校長の研修会で講演した。「百ます計算」で有名な陰山氏は、府の全国学力テストの成績が低迷していることに言及し、こう述べた。「日本人はみんな、(子供の学力に)無責任。金を出さない政府。しつけの悪い親。『悔しい』と言いたいが、それを言うべきみなさんが、学力の数値を落としているのですから言えない。目くそは、鼻くそを笑えないのです。プロの自覚を持ってほしい」
 質疑の時間、約950人の出席者はだれも手を挙げなかった。「なんであそこまで言われなあかんの」との声が帰途につく校長の間で飛び交ったという。その2カ月ほど前には、橋下知事が学力テストのデータ公表に難色を示す市町村教委をやり玉に挙げ、公の場で「くそ教育委員会」と発言している。アンケートの回答には「教育への下品な言い回しはやめてほしい」との意見も少なくなかった。
 テスト結果だけが教育の目的ではない。しかし点数が無視できないことも、大阪府の結果が全国平均より低いことも分かっている。知事が「保護者のニーズ」を強調して学力テストの成績向上を重要課題にする意義も、否定はしない--。それが、私が知る校長の率直な思いだ。
 ではなぜ、「窒息しそうな状況」なのか。問題は、校長・教師たちの間に「不当なまでに誇りを傷つけられている」との受け止めが広がっていることにあるのではないか。毎日新聞のアンケート結果を見た橋下知事は「どうやってクビを飛ばすかですよ。校長連中は保護者が望んでいることを全く分かっていない」と報道陣に怒りをぶちまけた。そして、それが報道される。こうしたことの積み重ねが、教育現場に萎縮(いしゅく)と閉塞(へいそく)感をもたらす、と推測するのは、きわめて容易だ。府民の高い支持率を背景に「改革」を掲げる知事に異議を申し立てるすべもない。この状況が息苦しさにつながっているのだろう。
 ある中学の校長は「校長の中には、『やるしかないか』と知事の路線に同調する者もいる」と話す。アンケートでも「教育への取り組みに期待する」との意見もあった。トップと現場。埋められない溝ではないと考えたい。締め付けより、理解を基盤にした教育改革であってほしい。そのためには、トップが現場の声に耳を傾けることだろう。
 目には見えにくくとも、校長や教師が抱える「窒息しそうな状況」は大阪の教育に影を落とす。何よりも子供たちのために、やり過ごしてはならないと思う。(大阪社会部) 毎日
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 タレント弁護士は、政治のことを分かっていないようです。まして教育には素人とも思える言動です。ならば真摯に学び、現場の意見に耳を傾けるのが長としての姿勢ですが、支持率が高いということで、威圧、見せしめの態度が向きだしです。これでは学校も子どもも教師もたまったものではありません。校長達からでさえもれる閉塞感、これは異常と言えます。誰もものを言わなくなるのは怖いこと、それに満足して大きな態度をとる知事はずばずばやるから人気があるのでしょうか。タレントの人気と政治家の人気は全く異質のはずですが。事の発端は全国学力テストです。問題有りで実施されたのがこれだけ波紋を広げています。もし、大阪が上位だったらこんな展開にはならなかったでしょう。テストは廃止しかないのです。

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ハーフ成人式

日本の教師、長~い勤務、持てない自信 比較調査2009年2月17日 朝日
 日本の教師は労働時間が長く、休暇は短く、自信がない――。日本教職員組合(日教組)が委託した四つの国や地域対象の比較調査で16日、そんな結果が出た。生徒や保護者とのやりとりで疲れ、職場の人間関係に悩む傾向も表れていた。
 イングランド、スコットランド、フィンランドと日本の小中学校の先生に昨年1~5月にアンケートし、現地調査もした。平均年齢は40歳前後。委託を受けた国民教育文化総合研究所が、日本は岩手、茨城など6県教組の約430人、他は約290~410人のデータを分析した。
 1日の労働時間は、日本が11時間6分、イングランド8時間30分、スコットランド7時間36分、フィンランド6時間16分で、最長の日本は最短のフィンランドより5時間近く長かった。休憩時間は最短の日本が約20分、最長のスコットランドが約50分。睡眠時間は日本が6時間23分、他は1時間20分以上長かった。
 忙しさや仕事の自信、職場の不満などを聞いたところ、日本は「生徒や保護者とのやりとりで疲れる」が3.7%、「これまでの知識では対応できない」が3.3%でいずれも他国の1.6~1.7倍、「働き続けるには仕事量が多すぎる」は約2倍の4%だった。
 夏の連続休暇の平均は、日本が約6日、イングランド30日、スコットランド36日。夏休みが2カ月半あるフィンランドは63日で、有料のセミナーや語学学校、レジャーや旅行に使うという。また、学校での授業以外の活動で、日本は他国に比べて「授業準備」が少なく、報告書などの「関連文書作成」が多かった。
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 こうして他国と比較してみれば日本の教師の過酷さが分かるということでしょうか。勤務長く、休暇短く、自信がない、子どもに向き合う教師のこの悲劇は子どもの悲劇でもあります。最後の『日本は他国に比べて「授業準備」が少なく、報告書などの「関連文書作成」が多かった』ということを改善することはすぐ出来ます。行政当局の調査でないにしてもこうした結果が分かったらすぐ改善する、これが生きた政策だと思います。昨日、授業参観があり招待されて4年生の子達の話を聞くことが出来ました。ハーフ成人式で自分の思いや夢を語るものです。小さい時大病を患った時、お母さんが寝ないで看病してくれ、それを見て看護士さんになりたいと言った子がいます。自分の親から生き方を見つけるなんてすごいと思いました。こうした光るものをいっぱい持っている子ども達にまともに向き合える仕事、教育をつかさどるのが教師の本務、その本務に専念できる環境にしてください。久しぶりに学校に入って、先生達の顔からそんな気持ちを見たと思いました。

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「授業参観、香水控えて」

「授業参観、香水控えて」 学校「過敏症の子に配慮を」2009年2月15日
 授業参観では、香水やにおいの強い整髪料は控えて――。化学物質過敏症の人たちが学校などの公共の場で被害を受けることがないよう配慮を呼びかける動きが、全国の自治体に広がっている。患者の支援団体によると、千葉、岡山、広島の3県と21市町が、ポスターなどで啓発を進める。とはいえ、化学物質過敏症への認知度はまだ低く、自治体側には表現方法などをめぐって戸惑いもあるようだ。
 「子どもによっては、保護者の整髪料や香水などに反応して息が苦しくなるなどのアレルギー症状が出るようです。鼻やのどを刺激するような整髪料や香水を控えていただくと、大変助かります」
 今月初め、名古屋市瑞穂区の市立小学校が、保護者あての「学校通信」で、こんな呼びかけをした。こうした「お願い」は、初めてという。
 同校は「化学物質過敏症の児童が在校しているわけではないが、近くの学校には、香料に反応してしまう児童がいると聞いている。万が一のケースを考え、保護者に配慮をお願いすることにした」と説明する。
 ある保護者は「この時期は窓を閉め切り、暖房も付いているため、空気がこもりがち。授業参観のとき、香水のにおいがきついと、大人でも気持ちが悪くなることもある」と話す。
 名古屋市教育委員会によると、市内の数校で、化学物質過敏症の児童と保護者、学校が、病気の原因になる化学物質をどうすれば使わないようにできるかについて話し合っているという。具体的には、改築工事の際の塗料の選び方などで意見を交わしている。同市教委の担当者は「他の病気と同じく、配慮が必要な児童として学校ごとに対応している」と話す。
 一方、岐阜市は05年度から、市役所やすべての小中学校で、香料自粛のポスターを掲示している。化学物質過敏症患者を支援する団体の要望を受けて実施したという。
ただし、行政側には、啓発の方法にとまどいもある。
 大阪府阪南市は昨年6月から市役所などに張り出しているポスターに、「香料を楽しむ方もいますが、苦しむ方もいます」と書いた。市の担当者は「患者への配慮は必要だが、香水や整髪料を禁止するわけにもいかない。ポスターはできるだけ柔らかい表現を使った」と話す。
 別の自治体の担当者は「原因物質が多種にわたるため、国の指針がないと、どう掲示すれば良いか判断しづらい」ともらす。
 NPO法人「化学物質過敏症支援センター」(横浜市)の広田しのぶ理事は、「啓発を始めた自治体はまだまだ少数」と指摘した上で、「多くの患者さんが香料が原因の症状で苦しんでいるが、周囲の人に使わないでと言えず悩んでいる。化学物質を使わない製品の普及が最も必要だが、まずできる対策として、公共の場での自粛を進めてほしい」と話している。(久土地亮)
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 以前にはなかった新しい問題と言えます。シックハウスとかいうのは建材を工夫することで症状を抑えることができても、香水というのは新しい問題です。考えてみれば、締め切った部屋にたくさんの人がいて、しかも何人かの人が香水をつけていることで過敏症の子どもが気分が悪くなるのはそうなんだと思います。過敏症でなくても気分が悪くなる子が出るのではないでしょうか。食物アレルギーや気管支喘息、インフルエンザなどは昔はそれほど問題にはならなかったのに、いや実は苦しんでいた人がいたのに取り上げられなかったというのが本当かもしれませんが、今こうしたことで苦しむ人は、体質とか神経症の問題ではなく、どうなんでしょう、新しい災害とでも言えるのでしょうか。考えてみたいことです。

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小学校に「学級委員長」不在の鳥取県、20年ぶり復活へ

小学校に「学級委員長」不在の鳥取県、20年ぶり復活へ2月8日
 小学校でずっと学級委員長を置いてこなかった鳥取県。「リーダーを選ぶのではなく平等を重視すべきだ」との考えが教員にあり、徒競走でも順位を決めないほどだったが、この春、鳥取市の1校で約20年ぶりに学級委員長が生まれることになった。「横並びでは子どもの主体性が無くなる」という鳥取市教委は、各校に「委員長復活」を推奨している。学級委員長を置かない学校は全国的にも少なくないが、今回の動きはどんな影響を与えるか――。
 鳥取県内の19市町村の教育委員会によると、いずれの自治体も全校調査はしていないものの、クラスを代表する学級委員長はいないという。その代わり、図書委員、保健委員といった係と同格で、学級会などでクラスの意見をまとめる「運営委員」を置いている学校が多い。
 鳥取市教委学校教育課によると、同市内の小学校で学級委員長が姿を消したのは20年ほど前。当時、「他の児童を差別することにつながる」という意識が全市に広がったようだという。
 鳥取県では、広い範囲で教員が集まって指導方法を検討する「研究会」が盛んに開かれている。その中で学級委員長を置かない取り組みが「先進事例」として紹介され、広がった可能性があるという。
 県内の学校現場の「平等主義」は他にも例があった。運動会の徒競走で、児童の能力にあわせてコース内に「近道」を作ってゴール付近で接戦になるように調整する。学芸会で、一つの劇の主役を複数の児童が途中で交代して演じる――。「うまくできない児童の気持ちを最優先に考えるような時期があった」(同市教委)という。
 同市教委は昨年度、児童・生徒と保護者に「学級集団と人権教育」をテーマにした調査を実施。その結果、鳥取大学の一盛真(いちもりまこと)准教授(人権教育)は「身近な人間関係に立ち向かえず、仲間と問題を解決する経験が欠如している」と結論づけた。
市教委は「集団を率先してまとめる存在がクラスにいないことが影響している」と判断。中川俊隆教育長は「社会性を身につける場を逃している」として、昨夏、教職員を集めた研修会で「子どもの成長に効果がある」と学級委員長の復活を求めた。 「素直でまじめだが、自主的な行動が少なく物静かな傾向がある」。昨年4月、県内で初めての小中一貫校になった鳥取市立湖南学園は、児童の特徴をこうとらえている。その対応策として、同校は、新年度から小学5、6年生のクラスに「室長」という名称で学級委員長役を新設することを決めた。児童による学級、学校活動の活性化を目指すという。
 金田吉治郎校長は「リーダーがクラスをまとめ、みんなで支え合うことでチームワークを学べる。社会で求められるスキルだ」と意義を強調する。保護者からも「これまでのクラスは機会均等というより人任せだった」といった声が上がっているという。
 同校の動きに対し、市内の別の校長は「クラス運営の一つの方策だ。参考に見ていきたい」という。「委員長なし」の現状を肯定する教員もいるが、一盛准教授は「リーダーを含めてクラス内に多様な役割を置き、個性を生かして支え合う関係づくりを経験すべきだ」と学級委員長を設ける意義を強調する。
 文部科学省によると、学級委員長を置くかどうかの公的な決まりはなく、各学校の判断にゆだねられているという。(北村有樹子)
学級委員長、他の役職と同格の場合も 福岡・東京
 クラスの代表として学級会の司会をしたり、全校の児童会の会議に出たりする「学級委員長」。学校によって名称は色々あり、同じ立場でも、「長」と付けず「学級委員」などと呼ぶところもある。
岐阜大学の有村久春教授(教育学)によると、昭和40年代ごろまでは勉強ができる子などを先生が指名して決める形が全国的に多かった。それが、「民主的な教育」が唱えられた昭和50年代以降、クラスのみんなに役割を経験させようという考え方が広まったという。
 立候補を募ったり、輪番制で回したりといったやり方が進む中で「学級内のヒエラルキーが薄まり、新聞係、生き物係といったその他の担当と『同格』になる学校が増えた」と有村教授は指摘する。子どもの側も個人主義が強まり、リーダーシップを取りたがらないことも影響したようだという。
 それが「近年になって学級崩壊やいじめの問題が深刻化し、『民主的なリーダーシップ』を育てる必要性が指摘され始めた」。有村教授は、鳥取のケースもその一つではないかとみる。
 各地の例はどうか。福岡市ではかつて「学級委員」という名称のリーダーの役職があったが、最近は「代表委員」と呼ぶことが多く、「保健委員や体育委員と同じく、みんながなる役割の一つ」(市教委)になっているという。市内の小学校教諭は「個人主義が広がり、もしいま『学級委員』が復活したとしても、その子を中心に一つになるとは考えにくい」と話す。
 東京都教委は「役職を置いている学校は多いが、クラスの代表と位置づけたり、他の係の委員と同じ格だったりと、学校によってそれぞれ違う」。都教職員組合も「地域性や先生の考え方による。どの子にもリーダーシップの機会を与える学校が多いようです」という。
 一方、札幌市ではずっと「学級委員」などの名称で、クラスのリーダーを各学級に男女1人ずつ置いてきたところが多いという。市教委は「勉強だけでなく、自治的活動も含めて社会的な様々なことを学ぶのだから、クラスの代表は必要です」と話す。(葉山梢)
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 学級委員長とか会長とか、代表委員とか各地各校で呼び方はいろいろですが、クラスの窓口であり指導性を持った代表としてのこの係(役)が消えたのは道徳性の指導内容が強まり、子どもの自治の観点が抜けていき、子ども達からその権利を奪った流れと対応しています。今、子どもの権利条約でも、子どもの意見表明や学校運営への参画なとが権利としてうたわれ、それが世界の普通になりつつある勢いです。
児童会が会長、委員長などを各クラスから立候補者を出し、立ち会い演説会や選挙活動そして投票といった選ぶことの自治といったことは以前どの学校でもありました。それがクラス代表が集まって話し合いで決めたり、あらかじめこのポストには誰がいいと教師が決めてしまうのになってしまいました。自治が消えたわけです。これでは主権者意識も育てないし児童会への参加が主体的になるはずがありません。「学級委員長」が不在か復活かではなくて、こうしたことをとらえ直すことから見つめ直す必要があります。例えば休み時間が短いから長くしてほしいという子ども達の願いがあってそれが学校の日課表の運営に話し合いで反映されることがあるとするなら、それこそ学級委員長復活の意味があるというるでしょう。

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部活顧問の「人材バンク」、都教委が創設へ

部活顧問の「人材バンク」、都教委が創設へ 1万人登録目標
 東京都内の公立中学校で毎年200以上の部活動が休廃部に追い込まれている事態を受け、都教育委員会は、外部の人材を活用して休廃部を防ぐ「教育人材バンク」を創設して、人材紹介事業に乗り出すことを決めた。
 中学に限らず、高校の部活動指導者や、小学校向け英語講師、総合学習の伝統芸能の専門家なども含めて、幅広く紹介する方針。都教委は2009年度から人材の登録を進め、10年度から3年間で総勢1万人超の登録とあっせんを目指す。
英語講師や伝統芸能も
 都教委では、職業安定法に基づく職業紹介事業とする考えで、実際の仲介業務は都の第3セクターに委託する方針。自治体がこうした人材バンクを活用するケースは、就労支援などで先例があるが、教育分野では初めてとなる。
 都内には約640校の公立中学があり、部活動の総数は8000余りに上るが、都教委の06~08年度の調査で、各年度とも220程度の部活動が顧問教諭の異動などを理由に休廃部に追い込まれていることが判明。都教委で対策を検討してきた。
 教育人材バンクではまず、新年度から、顧問の成り手が少ない柔道やバドミントン、男子バレーボールなどの競技経験者について、大学院生や同好会チームのコーチなどの登録を始める。募集にあたり、最初は都職員らが大学院や競技団体などを回って勧誘する。
 また、11年度から小学5、6年生に必修化される英語など外国語の授業対策として、海外勤務経験のある企業の退職者など、外国語に堪能な人も教員補助として登録の対象とする。小学校の総合学習のため、環境問題や伝統芸能などに詳しい専門家なども募集する。
 実際の事業は、都の3セクが行い、都内計約2200校の公立小中高校からの要請に応じて仲介する。学校で教える人たちには、一定額の謝金を支払う。
 都教委では、登録者の必要人数を校長会などから聞き取り、公立学校全体では1万人以上が必要と試算した。部活動など外部からの人材活用は、学校長らが自らの人脈を頼って探しているのが現状で、一括して人材を紹介する制度の必要性が指摘されていた。
 一定の謝金が支払われる場合、本来は職業安定法上の紹介事業となるため、都教委は、同法上の許可を厚生労働省から得る必要があると判断した。都教委では「多数の有能な人材を確保するためには、相応の謝金を支払う必要がある。長期的、安定的にかかわってもらえるよう、制度を整備したい」と説明する。
                      (2009年2月7日  読売新聞)
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 外部からの町の先生は、以前から言われてきたことで、こうした人達から学ぶことは意味があると思います。部活の指導の先生がいなくて廃部というのもゆゆしいことですが、スポーツ関係の元選手などを連れてきて高い人気と強い部活にすればそれでいいのか、になるとそう簡単ではないと思います。部活で優勝することが目的ではなくて、部活は教育的な活動という観点がいるからです。スポーツは文化であり、そこにも教育的な意味があることからすると優勝すればそれでいいというものではありません。そうした観点を持って指導する外部の先生が求められるという条件があるわけですから、人材集めも簡単ではないと思います。

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作っておいしく学ぶ「弁当の日」

作っておいしく学ぶ「弁当の日」 300校近くに広がる2009年2月9日
 「弁当の日」が学校で広がっている。でも、親が作った弁当を持ってきて食べるのではない。子どもたちが自分でメニューを考え、料理する。で、効果のほどは? 子どもに調理技術が身につくだけでなく、家族の会話が増えたり、食べ残しが減ったり。香川県の小学校で01年に始まった取り組みは、今では小学校から大学まで300校近くで実施されている。
 午前5時半。宇都宮市立若松原中学校3年の深津栄二君が台所に立った。1月21日、まだ外は薄暗く、蛇口から出る水は刺すように冷たい。
 この日は学校の「お弁当の日」。全校生徒684人が早起きして弁当作りに格闘する。深津君の献立は、から揚げ、卵焼き、ホウレンソウのソテー、サラダ、ふりかけごはん。彩りや栄養を考え、母の佐由美さん(47)と考えた。前夜から仕込んだ、から揚げは大好物。佐由美さんが「うちのは、下味にショウガ汁をたっぷりしみこませる」と「母の味」を伝えた。
 深津君が恐る恐る鶏肉を油に入れようとすると、佐由美さんが「まだまだ!」。口は出すまいと思いつつ、つい指導が入る。「菜ばしを入れて泡が出てきたら入れてもいい温度」とアドバイスした。
 宇都宮市は3月までに、お弁当の日を、公立小学校68校、中学校25校すべてで実施する。市としての導入は全国初だ。市は、給食を通じての「食育」に力を入れてきたが、市教委の樽井圭子指導主事(45)は「家庭を巻き込まなければ、食生活に生かせない」と感じていた。家庭と学校を食でつなぐ。それが弁当だった。 ただ、最初から1人で作るのではなく、学年ごとに目標がある。家族と献立を考え、食材を買う(低学年)▽家族と弁当に必要な食材を選ぶ(中学年)▽バランスのよい献立を考える(高学年)▽自分の体にあった献立を考える(中学生)といった具合だ。弁当の日の回数について、市教委は「今後、学校と相談して決めたい」と話した。
増える親子の会話、減る食べ残し
 「弁当の日」は01年、香川県綾川町立滝宮小学校長だった竹下和男さん(59)=現・同綾上中学校長=が始めた。
 竹下さんは、親子が、一緒に過ごす時間が減っていることが気になっていた。そこで考えたのが弁当作りだ。「子どもが作るにしても、必ず親子の会話が増える。子どもは親に感謝し、親は子どもの成長に気づく」。竹下流の弁当の日は、献立づくりから片づけまでを、すべて子どもがやる。自立を促すため、親は手伝わないように学校が念を押す。すると給食の食べ残しが減った。
 竹下さんが把握する実践校は、29都道府県の291校(うち小中学校は257校)。弁当の日のやり方や頻度はそれぞれだが、西日本が多く、東日本は少ない。東京は大学3校、小学校1校、フリースクール1校だ。
 そこで「日本を変えるには東京を変えなければならない」と、東京での知名度アップに取り組むのは、大学で初めて弁当の日を実施した九州大学農学部(福岡市)の佐藤剛史助教(35)だ。
 佐藤さんらは1月10日、都内でシンポジウム「ひろがれ弁当の日」を開いた。会場は立ち見も出る盛況。福岡市で小学4年生の時に弁当の日を経験した竹津凜人君(12)が「自分に自信がつき、普段も料理をするようになった。今は魚を三枚におろせるし、卵焼きも作れます」と語り、拍手を浴びた。
「自給率アップにもつながる」
 子どもたちを取り巻く、食への関心は高まるばかりだ。肥満や生活習慣病の不安が広がっている。77年度6.7%だった肥満傾向の12歳児は、05年度10.4%に増えた。
 さらに食品偽装や、安全性に疑問が持たれる事件が頻発。食をめぐる様々な問題を背景に05年、「食育基本法」が施行された。家庭や学校、地域で食に関する知識を身につけ、食べ物を選ぶ力を育むように求めるものだ。
  昨年改訂された新しい学習指導要領にも食育に努めることが盛り込まれた。学校では給食や家庭科で、栄養や食文化を学んでいる。弁当の日はそんな食育の一つだ。佐藤さんは「料理をする人が増えれば、食の安全に関心を持つ人が増え、食糧自給率アップにもつながる」と期待する。(才本淳子、葉山梢)
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 弁当の日は食への関心が高まる、親子の会話が増える、食べ残しが減るなど効果は期待できいい取り組みだと思います。でも、土日それをのんびりと作ってどこか出かけるのならともかく、午前5時半に台所に立つというのは無理があるような気がします。弁当の日だから仕方なくやっているのではないでしょうか。どの子もそんな早く起きれるとは限りません。また家庭の事情で親子でその時間から取りかかれない子もいると思います。またお弁当の材料を買う余裕のない家もあるかもしれません。どうも一律でどの家でも作るとか、そしてそれが結果として強制になるとかというのは「弁当を親子で作る」という趣旨に添わないものになりはしないでしょうか。よいことには違いないのですが、こうしたことも考えておかないと本当の弁当の日にはならない気がします。

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新潟の女子高生、なぜ超ミニ?

新潟の女子高生、なぜ超ミニ? 「今だけ」「文化」2009年2月6日 朝日
 女子高校生の制服のスカート丈が全国一短い――。写真週刊誌に4年前、そう報じられた新潟県。女子高生の多くが今も太ももをあらわに歩くのを見かね、県内の全高校は今月、一斉に生徒指導に乗り出した。なぜ短いのに、そんなにこだわるんだろう?
 1月下旬の夕方、新潟駅前のファミリーレストラン。おしゃべりを楽しむ女子高生2人のスカート丈はひざ上20センチほど。
 この日は路肩に雪が積もっていた。私立高校1年の粉川江理さん(16)は寒さも、男性客がちらちら投げる視線も平気だ。気になるのは、同性の目だという。
 「学校には丈が長い子もいるけど、そういう子たちは別グループ。いつも一緒に行動するのは短い子」
 県内の生徒指導の先生たちは、「勉強もスカートも、やる気次第でまだまだのびるんだ」「女性の品欠く」といった標語のポスターを3種類作った。電車内で昨年、女子高生のスカートが切られる事件が多発したのがきっかけだ。
 女子高生と学校側とは、これまで激しい「戦い」を繰り広げてきた。生活指導が終われば、生徒たちはウエスト部分を折り曲げて短くする。
 今回指導の中心となった新潟市立高志高校の内川洋校長は「『こんな格好を許していいのか』という電話や投書も多かった」という。ウエスト部分が相撲の「まわし」のように厚く、折り曲げできないスカートを導入しようとしたが、値が張り、採用したのは数校どまり。「採用した学校でも、生徒たちは何とか折り曲げようとしたんです」
 「うーん、よくある短さではないかな」と言うのは、「東京女子高制服図鑑」を出版したイラストレーター森伸之さん(48)だ。
 昨年、新潟を訪れて気になったのは、スカート丈より靴下。「東京はハイソックスが基本だけど、新潟は短い子が多い。露出が増える分、スカートが短く見えるのでは」
 「短い」が定説だった東京でも00年ごろから、私立を中心に丈が少しずつ伸びている。学校ごとに制服文化が生まれ、多様化が進んでいるという。
 「今の子は、近くの友達におしゃれに見えるかがとても重要になっている」
 女子中高生を対象に流行を追い続けている雑誌「セブンティーン」の越崎義治編集長も「ルーズソックスや茶髪のような大ブームというのがなくなってきた」と感じている。
 スカート丈の特集も3年前が最後。最近は、カーディガンや靴下などの着こなし方を特集することが多い。
 「丈が短いのは高校の間だけ」と見るのは、新潟青陵大学の碓井真史教授(心理学)だ。「人間には『役割獲得』の心理がある。母親になれば母親らしく見られたいと、それらしい服装にぱっと切り替えるんです」
 ポスターを作った新潟デザイン専門学校1年樋口可奈恵さん(19)も高校時代はひざ上十数センチのスカートだった。卒業後は、「あんな足出して冷えないかな、階段を上がる子にはパンツ見えちゃうよってハラハラする」という。
 冒頭のファミレスでおしゃべりしていた保坂唯さん(16)も「25歳くらいになってミニはいていると、頑張ってる感じがして嫌」と言う。隣で粉川さんがうなずいた。 「そうそう。イタイ(痛々しい)よね」(土井恵里奈)
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 これも気になっていたことの一つです。雪の中、寒くないのかなって。寒いんですよね、『男性客がちらちら投げる視線も平気』、『気になるのは、同性の目』、『今の子は、近くの友達におしゃれに見えるかがとても重要』、 『母親になれば母親らしく見られたいと、それらしい服装にぱっと切り替える』、『25歳くらいになってミニはいていると、頑張ってる感じがして嫌』などという部分にこの子達の心理と様子が表れていると見ました。気合いが入っている今しか出来ないということだし、同級生の目を意識というのはいじめ問題にもつながる意識です。寒さなんか敵ではないというのはこの子達の生きにくさでしょうか。スラックスかロングタイツをはけばどれだけ暖かいでしょう。

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教員免許更新制と更新講習について

教員免許更新制と更新講習について
 ――教員養成と教師の力量形成、そして大学の自治の視点から――
                         佐貫浩法政大学教授
はじめに こんばんは、佐貫と申します。
 この会場にこられています方は、すでに昼からの教員免許更新制廃止要求の集会や要請行動に参加された方が大半だと思います。道理のない免許更新制に対する強い批判の意識を持たれていると思います。そしておそらく、そのような問題のある免許更新講習を実施しようとしている大学は、一体この問題にどう対処しようとしているのかと、疑問を持たれている方も多いと思います。
 今日は、そのような疑問に大学の側として、どう答えるべきかを意識しつつ、いくつかの点をお話しさせて頂きます。
 私自身は、法政大学の免許更新講習の企画責任者として、この間、プランづくりを担当して来ました。一つ感じますのは、ここに参加されています先生方のお考え、あるいはこの更新制講習に疑問を持っておられる先生方――日本の大半の先生方がそうだと思いますが――の考えと、大学のとりくみのレベルとに、率直に言って非常に大きなズレがあるのではないかということです。一言で言えば、大学の自治、学問研究の自由、そして「日本の教育をどうするか」ということについて大学の学問研究の水準でもって考え、免許更新講習をどう批判すべきかを考えるという姿勢が大学の側からはほとんど外に出てこないことに、ある意味で不信や疑問を抱かれているのではないかと思うのです。
 もちろん、大学もある意味で強制されて取り組まざるを得ない状況におかれていることは、みなさんもご承知の通りです。しかし学問研究の自由の建前に立っている大学が、何も批判を述べないで、やらされるままになっているのではないか、本当に大学はそれで良いのかと疑問をお持ちになっているのではないでしょうか。
 大学の中でも、疑問を持っている方がたくさんいますが、その人たちも「これはやりにくいな、困ったな」、「文科省さん、何とかこんな困ったことは変えてくれないか」と疑問を持っていても、それ以上のことはできていないのが大方の現状です。そこに、こんな制度を実施されてはたまらないとお考えの先生方との間の大きなズレがあるように思います。
 私自身は、今日の集会のスローガンにありますように、「免許更新講習は廃止」というのが基本だと考えています。ただし、現実に更新講習をやらざるを得ない中では、その廃止を視野におきつつ、一方で、本当に大学の学問研究の自由に立った講習をやるという方向を取らなければならないと感じています。もし今回の免許更新講習を大学による自由な研修にできれば、そして大学の側も自分たちの研究の成果をそこで現場の先生方に聞いていただくということができれば、10万人規模の先生が大学の教育学や諸専門をやっている研究者と出会って、「大学は一体何をやっているんだ」「そんな研究で今の教育の困難に役に立つのか」といった激しいやりとりや積極的な教育現実と教育学をめぐる議論ができ、大学の教員も、本当に自分の学問をもう一回考えなければいけない機会となる可能性もあると思います。
 もちろん、だからといってそのことは免許更新制度が意味ある制度だということを意味するものではありません。文科省が当初構想した、「不適格教員」「問題教師」をあぶり出して免許を取り上げ、教員への管理をさらに強化しようとするシステムとしての性格――今そういう性格をこの講習に与えること自体がそもそも無理であることが明確になってきているのですが――を、実際に行われる免許更新の講習から完全になくし、大学の学問研究の成果と現場教員が出会い、自由な意見を交換する講習へと「純化」することを目指すということです。それはある意味で、文科省の側から見て「意味」が見いだせない講習にすることで、側面からこの更新制度廃止への動きを促進するものと言えるかも知れません。もちろんそのためには、大学からも、制度廃止の声をあげていく必要があると思います。
 免許更新制度には根本的な矛盾・混乱があります。問題をすっきり整理しながら、どう私たちが――私を含めて大学の側という意味ですが――この更新講習に対処するのかを考えるとき、以下のような論点があると思います。
 その際に、誤解がないようにその前提を押さえておく必要があります。それは、この免許更新制は、そもそも矛盾に満ちた制度であり、これを実施したからといって、学校教育や教師の力量の向上にはほとんど役立たず、むしろ混乱を生み出すものであり、関係者のほとんどが、止めてほしいと感じているものだということです。中教審の議論でも一旦は否定された制度であり、それをあの強引な安倍政権とその下にある教育再生会議が強行・成立させてしまったやっかいなお荷物であり、その遺物を早く葬ることこそ、基本だということです。
 以下に述べるのは、その前提に立って、しかし実際にその講習を実施しなければならない状況におかれている大学の中で、どういうものにしていく必要があるのかを考えていく際に検討すべき論点です。
 (1)「更新講習内容は、免許継続可能かどうかを判定するものではありえない」 まず、この免許更新講習が、そもそも免許を更新する能力を各教員が持っているかどうかを判定する講習ではないし、そういう制度として設計することは絶対にできないという点を明確に認識しておくことです。免許更新のために、「この講習内容」を「この程度」こなさなければならないというその客観的根拠、必然性、科学的根拠がどこにもないし、この講習はそういうものを設定したハードルとは全く無関係なのです。そういうことはこんな講習ではできるはずがないのです。ですからこの講習は、免許を更新するためのハードルとしての能力を客観的に判定することができる講習、それに伴う試験ではあり得ないのです。教師としての専門性を厳密に認定するハードル――教員採用や免許取得のハードルはそういうものであるとしても――を更新講習に設定することは不可能であり、その講習を何点で(例えば60点で)クリアしなければ教師としての免許を継続することができないというのは、全く根拠を持たないことです。
 ですから実際に行われる講習は、その内容が最高に良いものとして設定されたとしても、教師を続けていただくには是非こういう新しい知見や技術を習得してほしいという努力を課する講習であるほかあり得ないのです。そういう意味では、この「免許更新」の条件は、「受講終了」を持って達成されるものだと基本的に考える必要があります。ですからただ受講するだけではなく、試験でもって講習が合格かどうか判定されるとされていますが、一定の評価がありうるとしても、それは受講終了にかかわる評価――例えば欠席が多くて受講要件を満たしていない、講習の中で課された課題を処理できていない、などの受講要件にかかわる評価――として行われるべきものであって、講習をきちんと受けたものに、さらに試験を課して、その学習具合がどのレベルにあるから合格だ、不合格だという判定をするということは、全く不合理と言うべきものです。
 こういう矛盾があるのは、免許更新講習が、不適格教員あぶり出しとして構想されてきた経過がいまだにくっついているということです。ところが文科省もいま矛盾を隠しきれなくなっています。文科省は、合格した先生方がS・A・B・C・Dのどれで合格したかということをきちんとしなさいと最初は言っていましたが、それを外には公開しなくて良いとしています。ただし「大学のHPでこのS・A・B・C・Dの評価モデルに従って、合格者の分布を示せ」と最初言っていましたが、その点でもトーンが下がってきています。
 各大学から、「そういう評価はおかしい」ということが強まって、この更新講習の評価は講習をきちんと受けたということを基本にすべきだという性格を明確にすることができれば、この制度の危険性や混乱がすこし緩和されるように思います。
 (2)「そういう研修であれば、そこに試験を持ちこんで、合格レベルを <S・A・B・C> に段階分けすることは全く意味がない」 
 2つ目は、そういう研修であれば、その研修を受けたことで免許が更新されるとすればよいのであって、その講習の成績が<S・A・B・C>であることを区分することの意味は全くありません。なぜなら、各大学の評価のレベルが客観的に同じだという保障はどこにもないし、特に教科の内容にかかわる18時間講習内容は各大学で千差万別であって、およそそこに統一的な評価基準を設定することなど不可能なことは、誰が見ても明確です。ですから、もしそこで一定の段階的な評価があるとすれば、それは完全に教えるものと教えられるもの、講習を提供するものとその講習を受けるものとの関係を高め、教育効果を高めるための純粋な形成的評価としてのみ意味があるものだと言うべきでしょう。
 したがって、それは、講習の場でのみ意味があり、この教員は研修を「S」で、あるいは「C」で通りましたと格差化するものとしては絶対に用いることができないものであるはずです。「D」という評価は、「不合格」となるわけですが、先にも述べたように、それは講習を終えたとは言えないという客観的な基準――具体的には欠席とか、講習でとりくむべき課題にとりくまなかったとか、等々――においてのみ意味のあるものだと考えなければなりません。
 したがって、その評価を「外」に持ち出して、あなたの研修は「S」でしたとか、「C」でしたとかが他のことに使われることがあっては絶対にならないものであるはずです。具体的には、教員の昇格・昇級とか、成果主義賃金の評価として用いられてはならないものです。したがって、またそういう成績の分布を公表することにも何の根拠もない、間違った扱いであるといわなければなりません。ですから更新講習の受講終了証明(あるいは未終了)という評価しか出せないというのが原則だと考えなければなりません。
 もし、どうしてもこの講習に教員を意欲的に取り組ませたいなら、免許の更新と連動させるのではなく、講習を受けた者には一律に給与段階を一定引き揚げるような仕組みを組み込めば、良いのではないでしょうか。あくまで免許更新の要件に講習の「成績」を位置づけたいというのは、単なる講習ではなしに、やはり何らかの更新拒否の可能性を制度として残しておきたいという点にあるのだろうと思います。
 (3)「そもそも大学は、教師として適格か不適格かを判断する情報を持たず、そのような人権にかかわる評価制度に不可欠な異議申し立てシステムも設定されていない」 
 今述べた点で、今回の免許更新講習は、その人が教員たり得るかどうかを判定する基準など持ったものではあり得ないのですから、その試験で何点取ったから合格とか不合格という評価自体成立し得ないのですが、別の点からも同じことが指摘されねばなりません。
 もし本当に教師として適格ではないという重大な評価を行おうとすれば、その教師の教育の具体的な問題内容、引き起こしたトラブルや子どもへの人権侵犯の具体的な検討、専門性の致命的な欠落などについての厳密な調査などをしなければなりません。あるいはまた、そういう解雇にも繋がる判定をするためには、人権保障のためのシステム――異議申し立てや調査、最終判定のための審査会等々――が整備されていなければなりません。一回の不合格判定をもらっても再度講習をくり返せばよいというのは、決してこの研修「不合格判定」がそういう人権にかかわる質を持っているという性格を無くするものではありません。現実問題としても、もし欠席などの客観的基準以外で「不合格判定」をして、あるいは「C」等の低い評価をして、それが更新拒否やあるいは人事考課のマイナス判定に利用されたりした場合には、何故大学がそうした判定をしたのかが、法廷で争われる可能性もありますし、そういう人権にかかわる問題を引き起こすものであることを見ておかなければなりません。しかしそういうことに責任を負える「判定」を大学ができるのでしょうか。ましてや数百人を対象にした一斉講義などもありうる中で、全く個々の教員の日常の教育活動についての情報を持たない大学(講習者)が、個々の教員についてのそういう重大な判定をできるわけがありません。
 免許更新講習を受けた人に「あなたは免許を更新できます」、あるいは「できません」という、そういう資格を与えるとか剥奪するとか、こんなことは今回のような「講習」では、不可能です。だから私たちが「更新講習」を行うとしても、単純に力量を高める研修として、更新できるかどうかの判定とは関係のない研修講習として位置づけるほか無いものと考えなければなりません。
 (4)「大学の学問研究の自由、研究者の責任で内容を決めなければ積極的な意味はない」 
 4点目です。研修機関の一つに大学における研修が組み込まれたことは、他の問題性があるにもかかわらず、非常に限定的ですが、一定の意味をもつ可能性があります。これは先にも言ったように、毎年、10万人という規模の教員が大学の教育学研究、あるいは専門の研究をやっている多くの研究者、大学教員と出会って、そこで活発な議論が行われるという可能性があるという点です。大学の研究者からすれば、自分の研究が、厳しい現場の批判にさらされるという緊張の中におかれるということです。
 しかし同時に、大学が、このことで文科省の教育政策の伝達機関にされ、大学の自由な学問研究姿勢が抑制、あるいは自己規制されてしまう可能性もあるのです。特に12時間講習(「教育の最近事情」の講習)については内容的な規制が強く働いています。これに対して大学側がどういう姿勢を貫けるか、内容や講師の選定などが大きな課題となっています。ここでは、大学側に、学問研究の自由の上に立って今の教育現場の中でいったいどういうことが課題となっているかを研究し、それを学問的良心に基づいて講義し、現場の先生方と自由に討論をするという姿勢が絶対必要となります。
 私たちの研究と現場の先生方の問題関心や悩んでいることがつきあわされる講習にすることが不可欠です。そういう意味では、大学の学問研究の自由、研究者の責任に依拠して内容を決めるということが基本であって、そういうものでなければ、大学がこの講習をやる価値がないといわなければなりません。そこをいま大学は本格的に考えなければならないと思います。文科省から要請されたから、仕方なしにやるという形でやってはいいけないと思います。しかし、そういう自由が認められるかという点で、今回の免許更新講習は大きな問題を持っています。
 学習指導要領をどう位置づけるかをめぐって、学問的には大きな論争があります。大学の責任とはそういう中で、研究的良心に基づいて、現場の先生方が自分でそういう問題を判断していける材料を提示する責任があります。ところが更新講習は新しい制度ではこう変わったんだということ――文科省の方針に従えという指示に近いこと――を伝達するという趣旨が強調されているように思われます。これは、大学が行うべき本当の「研修・講習」ではありません。
 (5)「現場経験を蓄積してきた教員の研修として実質的に意味があるか――かえって時間と費用など多大な負担を現場教員に押しつけマイナス効果を生み出すもの」 
 免許を維持するための講習などは、本来職務に伴うものであって、免許を認定したものや教員を雇用しているものが、その質の維持向上のための施策として、自らの責任で、したがって時間や費用を負担して、実施するのが当然です。義務的な研修の多くは、そういう制度として実施されています。それを、免許更新制は、個人の資格の問題だから自己責任だという勝手な理由をつけて、行政や雇用者責任を放棄しています。今回は、時間も費用も全く保障がないため――文科省の経費補助措置も、講習設置者側への、ごく一部のものに止まっています――、今でさえ教員は多忙化に追われ、休みも削られているのに、あらたに長時間をひねり出さなければならなくなります。またおそらく研修を受けるためには、多額の出費と長時間をかけて宿泊しなければならない多くの教員がでるだろうと予想されています。それだけで、大きなマイナスを生み出さずにはおかないでしょう。
 さらに根本的に見れば、そもそもこのような形で、むしろ教師の負担を拡大する短期間の詰め込み研修は、現場経験を長年にわたり蓄積してきた教員の研修として実質的な意味があるかどうか疑わしいものです。教師がどのようにして教師としての知見や指導力を高めていくかは、もっと根本的で体系的な見通しによって構想されなければなりません。
 私は今、本当に教師を支える研修をやるには、20年に1回位で、半年から1年くらいの有給研修休暇を本格的に構想する時期ではないかと思います。それからもう一つは、夏休みが自由な研修の期間ではなくなりつつあるということを憂慮します。「質の良くない教師がその期間遊んでいるから」というように言われます。確かにそういう「質の悪い教師」がいることは否定できません。しかし、そういう時にどう考えるべきかというと、「優れた」先生がその期間に自由に研究して、そして職場の中で「あの先生はすばらしい」「あの先生のようにしよう」という雰囲気が生まれてきて、そこで「遊んでいる」人が「ちょっとはずかしいな」と思うような、優れたもののイニシアティブがつくられるということが肝心なんです。そのイニシアティブをつくるための時間を、「教員にはさぼる者がいるから、そういう時間を与えたらダメだ」ということで剥奪することになったら、そういうイニシアティブは生まれてこないんです。
 以上のような根本的な問題性を含んだ教員免許更新講習は、関係者の誰もが困ったものと考えているにもかかわらず――文科省自体もそうでしょう――、誰も止められない、そしてやればやるほど矛盾が拡大していくまさに希代の悪制度なのです。したがって、この制度の廃止こそが正しい解決の方法だと言わなければなりません。しかし、それでも実施しなければならないという状況の中で、少なくとも以上の点は明確にして、それと「制度廃止」の要求とを一緒にして、大学側の姿勢をつくっていく必要があると考えます。   全教ホームページより引用
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 まさに悪法であり廃止しかない、読んでこのことを実感しました。大学の当人も困惑の様子が見えます。文科省が講習の主体として設定と配置をしなくてはいけないのに、大学に下駄を預ける、これもへんな話です。何百人も集めてマスコミ講義するのはやるほうも大変だし受ける方も学びなどできるはずがありません。評価などは無用で当然受講終了で認定であるべきです。誰の目で見てもそんな教員免許更新制と更新講習なんて無駄なことをしなくてもいいのにと思えるものです。国会で通したからしかたなしにこなさなくてはいけない、こんなものは廃止しかありません。 

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春の息吹

  2月に入りました。朝の道は凍っている所があっても春の息吹を感じます。それは陽の明るさからです。朝6時半頃やっと周りが明るくなります。しかし冬至の頃からみれば7時過ぎても暗かったのですからこの明るさはうれしい限りです。山から今朝は太陽が顔を見せました。晴れるとさらにうれしくなります。頬に来る冷たさも気になりません。夕方も4時を過ぎても明るさが残るようになりました。これもうれしいことです。高校の入試や願書締め切りのニュースも伝わってきます。社会面からももう春へ向かっての動きが始まっています。子ども達のコートし冬のままですが、寒いねえと声を掛けると、そんなにでもない、と元気な返事が返ってきます。子ども達にとって春のうれしさはあまり意識にないのかもしれませんが、一緒に歩く私にはことさらうれしい陽の明るさです。

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中学受験塾:4年生から4教科3年間

中学受験塾:4年生から4教科3年間 月謝、テスト、教材、講習…200万円超
 ◇不況でも保護者の熱冷めず
 千葉県、埼玉県などでは私立中学受験のまっただ中。東京都、神奈川県も本番を迎えた。今月から、学校より一足早く中学受験塾の「新学期」が始まる。多くの塾は新4年生からの3年間でカリキュラムを組んでいる。通塾費用はどのくらい見込んでおけばいいのだろうか。【木村葉子】
 今年の首都圏の中学受験生は6万2000~6万3000人と見込まれている。受験率は22%で、小学6年生の5人に1人が受験する計算になる。塾通いは3年間が主流となっており、3年生になると塾の品定めを始める保護者が多い。進学実績やカリキュラムも大きな要素だが、全体の費用(4教科=月謝、テスト、教材、講習など含む)が先々どのくらいかかるのかも大いに気になるところだ。
 日能研では、入会金2万1000円のほか、4年生ではクラスにもよるが年間35万~40万円ほどかかる。テストの回数や授業時間が増えれば費用も増え、6年生では94万~107万円に跳ね上がる。3年間通い続けると最高約223万円だ。
 四谷大塚は入会金2万1000円で、3年間通塾すると約195万円。サピックスは入会金3万1500円で、4年生では約54万円だが6年生では約120万円と倍以上になる。3年間では総額約240万円になる。
 他の塾もほぼ同水準で、3年間200万~300万円は必要になる。交通費や夜食代、連絡用に持たせる携帯電話代なども侮れない。
 個別指導や家庭教師をつければ、より高額な出費を覚悟しなければならない。ベテランのプロ家庭教師をつければ、1教科で月10万~20万円は必要だ。受験料もばかにならない。受験生1人当たりの平均出願数は5~6校、1校の受験料は2万~3万円なので10万~20万円は用意しておきたい。
 晴れて合格した後には、入学金や授業料の支払いが待っている。東京都によると、都内私立中の09年度の初年度納付金(入学金、授業料、施設費など)は平均で約92万円。初年度納付金に寄付、学校債、制服や通学かばん、体操服などの学用品を加えると100万円以上は用意しておかなければならない。
 経済危機が生活を直撃しているが、公立中高一貫校も含め中学受験熱は冷めそうにもない。塾関係者は「不況だからこそ、我が子には良い環境で学問を身につけさせたいと考える保護者は減らない」と口をそろえる。
 ◇優秀者に費用免除する塾も
 成績優秀者に特典を用意する塾もある。
 日能研は09年度の新4年生から通塾費用のすべてを支援する「ユースリーダーズ・スカラシップ」を始める。同塾の方針に賛同する家庭で、高い学力と学習意欲を持っている子どもが対象だという。
 これまで3回開催した無料テストの成績上位者の中から、保護者と本人と面談し約100人を認定した。認定は1年ごとに見直すため、継続して支援を受けられるかどうかは入塾後の成績次第だ。
 四谷大塚は年2回、受験料無料の全国統一小学生テストを実施。昨年夏には受験した9万人の中から、上位30人を米国アイビーリーグ視察ツアーに招待した。また、秋には3~5年の各学年上位20人にパソコンを贈っている。
毎日新聞 2009年2月1日 東京朝刊
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 不況で進学を断念する子も多いと思っていましたが、片方でこんな世界もあるのですね。私立中受験に備えて3年間の塾がよいですから4年生から始めることになります。学校の勉強や宿題も大変なのに夜遅くまでの塾での勉強、子ども本人の意志でもあるのでしょうが、親のプランで進んでいるのではないでしょうか。有名幼稚園の試験を受ける気分で私立中への合格は親の見栄と言ったら失礼でしょうか。とても高額な塾と私立の受験は点が良ければ誰でも、というわけにはいきません。私立の受験熱は以前からありますが不況の今でも変わらないというのは富裕と貧困の2極化が進んでいるからなのでしょうか。我が子への期待はいつも同じですが、こんなに金をかけなくてもとふと思ってしまいます。

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小学生の4割「学校でウンチしない」

小学生の4割「学校でウンチしない」 第2のトイレトレーニングを 2009.1.31 08:22
「恥ずかしい」「からかわれる」などの理由で、小学校のトイレでウンチをすることに抵抗感のある児童が多いといわれる。しかし、排便は健康的な生活習慣の基本で、体調管理にもつながる。「おむつ外しに次ぐ第2のトイレトレーニングが必要」と訴える、トイレ環境コンサルタントで、アクトウェア研究所(東京都武蔵野市)代表、村上八千世さんに、子供のトイレ教育について聞いた。(柳原一哉)
 主に小学生を対象に、排便についてやさしく解説した『うんぴ・うんにょ・うんち・うんご』(ほるぷ出版)など、絵本の著作が多い村上さん。この10年で首都圏の小学校などに100回以上も「出前教室」を行い、トイレ教育に取り組んできた第一人者だ。
 村上さんが気にかけるのが、学校でウンチをするのを嫌がる子が多いことだ。中には我慢し切れず粗相(そそう)をしてしまったり、6年間で1度も学校のトイレでウンチをしなかったという子供もおり、「排便をめぐって児童に大きなストレスがあるようだ」と心配する。
 便器などを扱うTOTOが、約1000人の児童を対象に行ったネット調査が、この心配を裏付ける。4割近くが「学校で大便をしない」「できるだけしない」と答え、学年が上がるほどその割合が高かった。
 理由として「恥ずかしい」「学校ではしたくない」などが上位を占め、特に男子では「扉のあるトイレに入ると友人にからかわれる」という回答が目立っている。
 子供たちにとってトイレは、学校という公的空間の中では異質な場所かもしれない。学校で排便を避ける傾向は以前からあった。だが、村上さんは「親は、おむつ外しのトイレトレーニングには一生懸命だが、その後は排便に無関心になる傾向がある」と指摘。そして「生活そのものを反映するアウトプット(結果)としての排便の意味を、きちんと教える第2のトイレトレーニングが必要だ」と訴える。
 ウンチは、食事内容や生活習慣がそのまま影響する。風邪や食べ過ぎなどにより消化不良を起こすと下痢になり、野菜不足や運動不足だと便秘になりやすい。「排便は文字どおり身体からの“便り”だ」と村上さん。
 「この表を親子で共有しておき、ふだんの会話の中で自然に排便の話ができれば、親は食事に野菜を増やすなどの工夫をしやすくなる。子供も便の状態を見ることを通じて自分自身の体調を自己管理できるようになる」と指摘。具体的には「排便の日記をつけて客観視できるようにするといい」と提案する。
 この提案を受けて、横浜市保土ケ谷区の市立仏向小学校など3校は今年度までの研究授業で、村上さんが制作した分類表や絵本を用い、児童が毎日の排便などをカードに記録するなどして生活習慣全般を振り返る指導を実施した。
 この授業の前後で子供たちの様子を調べたところ「野菜を好き嫌いなく食べるようになった」「排便してから登校するようになった」などの割合が増える成果があったという。
 村上さんは「排便を『恥ずかしい』と考えがちなのは、排泄(はいせつ)音やにおいを『異物』ととらえるマイナスイメージのためで、最近では過度な清潔志向もその背景にあるからでは」と分析。「排泄は生活を映す鏡であるという意味を教えていくことにより、子供たちの『生きる力』を育てることにつながる」と力説している。   産経
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 排便をめぐって児童に大きなストレスがある、扉のあるトイレに入ると友人にからかわれる、トイレは、学校という公的空間の中では異質な場所かも、などとあるのはよく分かります。からかいも原因としてありそのこともあって私も以前、養護の先生の協力も得てうんちの授業をしたことがあります。第2のトイレトレーニングということを初めて知りました。でもうんちに関して私が持っていた問題意識からすると同じ事なのかもしれません。親や教師や学校が子ども達にうんちの大切さとトイレについてもう一度しっかり意識させる必要があるのは同感です。

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