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「生きづらさの中に希望がある」

「生きづらさの中に希望がある」というこのテーマ、今、何故この場で取り上げセンターの学習会にしようとしているのか、ずっと考えていました。難しい話で楽しく聞くレベルではないし、しんどいなとため息の出そうな気持ちもありました。23日の打合会では他の会とぶつかって遅れて行ったのですが、報告者4人がしっかり来ている、そしてそこでの話の内容が今日ここで聞けてよかったと思うほど素敵に思えました。29日当日おもしろくなるぞという期待度が増したのを覚えています。振り返って見ると11月の全国大会で湯浅さんが講演する内容にかぶせて29日の公開学習会が企画された面もあるのですが、その29日、報告を聞いていていくつか見えてきたことがあります。それは子ども論議、教育問題から切り離されたテーマではなかったことです。まず特別支援学級のMさん、少ない人数で子どもとのしっかりしたつながりでいろいろなことができます。循環バスが4月当初無料であるのを使って子どもと出かけ体験も増やしています。子どもが帰ると教材研究をしている自分だけど、隣でクラス担任が必死で○付けをしているのを見ながらこれが私の生きづらさというのはよく分かります。学童指導員のMさん、泥遊び、秘密基地づくり、ドラム缶風呂というのが魅力的に感じました。しかもこの計画と準備にはお父さん達がトラックで運ぶなどの協力があります。学校でも一つのポイントはここにありそうです。あとの話をつなげてまとめ的に書くと、親との関係は普段からのつながりが大事、親だってコミニュケーションと居場所がいる、教師が親の悩みを聞ける関係を作れたら、子どもが楽しくなって変わると親も変わる、ということです。A保育園5年目の保育士Sさん、彼からは異年齢グループのよさ、給食が手作りのよさ、そして笑っている子どもから元気が出るという話が印象的でした。Nさんから派遣は自己責任論、自分で好きで選んだと見られている不適切さについて話がありました。3ヶ月で首を切られる身では相談できる友達を作れないこと、相談に10件あれば10のパターンがあること、労働相談だが最近は生活相談の傾向がある、この相談センターの仕事をしていて連帯の目を持つためにも学校では余裕のある教育が大事とのことです。もう一人、学童指導員から「学童保育は子どもの居場所」ということで子どもの作文を持ってきました。その子達が書いていることは、学童ははじめいやだった、不安だった、怖かったけど今はとても楽しい、友達もいっぱい作れた、先生たちも優しかった、こんなにいやすい所だということが分かった、学童に行くのが楽しくなった、というものです。居場所だということがよく分かります。その後フロアからも意見が出て、「つながりあう」というキーワードが一つどの意見にも流れていたと思います。Mさんは自分は子どもの頃もその後も学習障害だった、つらいことがあったが助けてくれる人がいた、だからつながること助け合うことをしっかりと語っていました。Nさんが言ったことは、仕事に誇りを持つ労働者をつくる、ということでした。親は労働者です。Kさんの言葉を借りれば専門家です。その親が誇りを持てる働き方をすることが子どもの笑顔を作ることになります。希望もそこから生まれるのではないでしょうか。自分ってまんざらでもない、私って必要とされている、このフレーズは子どもは勿論、大人にも求められている、Kさんのまとめからそんなことを思いました。 

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小学校でも≪古典≫に親しむ 音読や暗唱で

【教育動向】小学校でも≪古典≫に親しむ 音読や暗唱で 2009.4.27 10:00 産経
さまざまな話題を呼んでいる新学習指導要領ですが、小学校における古典学習の充実もその一つといえます。2011(平成23)年度から新学習指導要領が本格実施される小学校では、神話や昔話、俳句や短歌、古文や漢文などを音読したり暗唱したりする光景が、普通に見られるようになるかもしれません。
 小学校の国語で古典学習が重視されるようになった理由の一つは、2006(平成18)年12月に改正された教育基本法の中に、日本の伝統や文化を尊重する態度を育てることが盛り込まれたためです。従来の学習指導要領でも伝統・文化の尊重は求められていましたが、小学校の国語では古典について、5・6年生で「易しい文語調の文章を音読し、文語の調子に親しむ」という規定しかありませんでした。
 これに対して新学習指導要領は、国語の教育目標の中に、「話す・聞く」「書く」「読む」と並んで、新しく「伝統的な言語文化」を追加し、小学1年生から日本の古典に親しませるよう指導することを求めています。また、古典作品を指導するに当たっては、読み聞かせ、音読や暗唱などを特に重視しているのもポイントです。
 これまで小学校での古典学習については、「理解が難しく、学習しても混乱させるだけだ」という見方も少なくありませんでした。ところが最近では、「古典の文章を音読したり暗唱したりすることで、かえって言葉や国語に対する感覚や理解力が高まる」と指摘する声が高まり、子ども向けテレビ番組などでも、古典が取り上げられるようになっています。小学校における古典の重視には、伝統や文化の尊重というねらいと同時に、このような最近の動きも反映されていると言ってよいでしょう。
 では、国語の授業で、古典はどう取り上げられるのでしょうか。小学校の新学習指導要領では、1・2年生は「昔話や神話・伝承などの本や文章の読み聞かせを聞いたり、発表し合ったりする」、3・4年生は「易しい文語調の短歌や俳句について、情景を思い浮かべたり、リズムを感じ取りながら音読や暗唱をしたりする」、5・6年生は「親しみやすい古文や漢文、近代以降の文語調の文章について、内容の大体を知り、音読する」なとど示しています。
 古典の重視については、改正教育基本法による伝統・文化の尊重が背景となっているほか、古事記や日本書紀などを教材として例示しているため、「戦前のように過度な愛国心を教え込む教育につながる」と批判する意見も、教育関係者などの一部にあります。ただ、教材の選択や指導内容などに一定の配慮は必要でしょうが、子どものころから古典に親しむことは、やはり必要でしょう。
 それと同時に、「祇園精舎の鐘の声……」などとリズミカルに暗唱する子どもに、その意味を聞かれた時、大人がきちんと答えられることも、必要ですよね。
                   (提供:Benesse教育情報サイト)
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  このBenesseというのが全国学力テストの採点集計に参加している会社の一つです。70億円でしたか、テストにかかる予算ですから相当の額がこの会社にも入ります。そして、この会社のドリルやワークが全国の学校で高い採用率を占めているとか。そうですよね、テストの採点集計に参加した会社が作ったものを使うとテストの時、点数がよくなると誰もが思うのでないでしょうか。さて、古典に親しむことは大事だし、音読にも教育的意味があるとは思います。しかし大上段にさあやってやってと構えられると、ちょっと待ってと考えてしまいます。その訳は、意味も分からず暗唱で音読を進めるからです。1年生に論語を斉唱させているクラスがある学校でありました。論語は定型で唱えやすく、いわばお経のように唱えやすいと思います。また、以前から俳句など定型のものは遊び心もあって子ども達も好きで1年生でも俳句を作る実践もあります。無意味に暗唱して大きな声で音読すれば気持ちもよくなるのかもしれませんが、ちょっと待ってと思ってしまいます。教育勅語を音読するイメージを持ってしまいます。古典は大事ですが、発達段階でふさわしい教材選択がそれ以上に大事というべきではないでしょうか。

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テレビを見ない日

テレビを見ない日、ゲームをしない日
というのがある学校で取り組まれているそうです。全国学力テストの付随アンケートと同じですね。つまりみんな学力向上という1点に集約されるからあとは我慢だという発想です。でもですね、学校の領域っていったいどこまでなのでしょうか。学力向上のためならばどの領域にも手を出して、協力するのが当然という姿勢でいいのでしょうか。また、テレビを見ない、ゲームをしないことがあたかも学力がつくようなとらえ方は機械的です。
 地デジの看板スターが不祥事を起こして地デジ普及の役所が苦虫顔になっているとか。地デジへの切り替えやテレビ買い換えが不評も聞こえる時の不祥事です。テレビを見せないとするよりも質の高いテレビ番組に力を入れたらどうでしょうか。そうするともっと切り替えや買い換えが進むはずです。現在のテレビ番組は自分としてはあまり見たいと思うものが少ないと思います。夜なんか眠いだけです。子ども向けの歌やためになる番組も少ない、とすれば内容を充実することにお金を掛けてはとうでしょうか。そして見せないのではなくていいものを選んでみる力を子ども達につけることが賢明だと思うのですが。また調査が始まり昨日見なかった人というように集計して発表されます。どこまでも学校はこんなことが好きなようです。そしていいクラスとそうでないクラスができ、先生の指導がいい悪いと結論がすすみます。こんなことは止めたらいいのははっきりしていますね。教師の性にも思えます。これも道徳が強調されてそのレールが延び始めた今年の表れなのかもしりません。

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ボランティアの日

ボランティアの日、こんなのが聞くところによると出来るそうです。昨年の水害のメモリーか教訓か分かりませんが、全市一斉に全部の学校が取り組むということです。ボランティアというのは何なんでしょう。少なくてもそれをしようと思う当事者の自発的な気持ちがあることは子どもでも分かることです。その当事者、ここでは各学校や子どもや教職員ですが、その人達がどう思っているか少なくても調査し意向も聞いての上でのこの設定ならともかく、そうしたこともなく決まったようですが、この姿って何なんでしょう。上から決めてやれ、という発想は威張りと上意下達そのものです。これで活力ある教育活動になるのでしょうか。具体的な取り組みは各学校に任せるようですがこれがまたくせ者です。どんな計画でするか、結果はどうだったか、何度も詳しく報告を求めます。もう仕事量が満杯を超えてあっぷあっぷしているのにこの感覚はなんでしょうか。行政の担当者が私達はこんなことを学校にやってもらった、成果はここにあるという証拠づくりのための報告です。ボランティアは大切です。私もその水害の時、2回、2地点へボランティアに出かけました。子ども達にもそうした気持ちを醸成する大事さも認めます。しかしこのやり方はいただけません。むしろ学校の活動を阻害していることになります。このような教育行政は市民には見えにくいところです。悲しいかな、こうしたお粗末な市長を組織をあげて推薦し票集めを強制しているのは組合です。根本が間違っていると思います。水害の被害にあった該当地域の学校が学校としてこうした取り組みを始めるのは納得ですが。その日は夏休みです。わざわざ子どもを集めるというのでしょうか。

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勤務時間

今、どの分野の仕事も大変です。解雇されずに給料があたるのはまだよし、という見方もありますが、それでも権利として勤務時間は守られる必要があります。教職員の場合、昭和時代は4時15分が勤務終了時間でした。夏場などはまだ日も明るく、職場の何人かで喫茶店に行きいろいろしゃべったものです。そのことで情報が共有できたり元気が出たりしました。5・6年ほど前までは、勤務時間が終わっても仕事をしているのは6時半から7時くらいまでで、まだいると教頭がもう帰ろうや、玄関しめるよといってみんな帰ったものでした。もちろん仕事は持ち帰るのですが。今、聞くと、9時過ぎても明明と電気がついているのが当たり前のようです。これっておかしいことではないでしょうか。先日も書きましたが、4月1日から、いやもっと翻れば学年末で仕事が立て込む2月初めあたりから、土日も休みなしに連日学校に来て仕事、という人もこれまた普通になっています。健康や体力の面から見てどうなのでしょう。また小さい我が子、介護の親がいる人はどうなのでしょう。他の仕事もそうなのでしょうが、祖父母に我が子を養育してもらわないと続けられない仕事、それが教職ということになります。ちょうど今日あたりは授業参観が入っている学校もあります。明日土曜日その参観日の所もあるとか。えっ、どうなっているの、勤務時間と権利の関係で昔むかしあった土曜や日曜日の授業参観や運動会はなくなってきていたのに。親にしてみれば土日の方がうれしいし、それだけのサービスを学校はしてもいいのではという考えもありますが、勤務時間のこともあって減っていたと思うのですが、また土日が復活ですか。そうするとなおさら勤務時間がくちゃくちゃになります。勤務終了はいま5時、その時に帰りたい人は遠慮なく帰ることができることは大事です。これは誰に言ってどうすればいいのでしょうか。組合はここでも沈黙です。

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新学期、入学式がすんで2週間たちました

新学期、入学式がすんで2週間たちました。少し緊張もゆるんでくる頃です。1年生で学校行きたくないようの子が出てくるのも今頃から連休あけにかけてです。そのためにも学校が楽しく緊張をほぐすようになっていないといけません。注意されるよりもほめられる、難しい話よりも楽しい話、一人よりも友達多く、こんなふうに書いてみると当たり前のことですがやはり子どもにとっては大事なことです。そして先生に話せる雰囲気を作ってあげることも必要です。そのために一人一人の声かけも大事ですね。登校の周りの家の庭はきれいな色で花が咲きそろっています。田んぼの所ではトラクターでの田おこしも終わり横の用水に水が勢いよく流れ始め田への注水が始まろうとしています。歩く子ども達でひときわ目立つのが2年生です。たくましく乱暴者にさえ見えるほど元気です。明らかに1年生ではない、1年でこれだけの成長がと思わせます。折しも今日は全国学力テストの日、6年生が昨日に続きテストをうけます。昨日は県のテスト、これって変ですよね。昨日は4年生も受けました。こんなテストばかりしてどうするの、子どもも先生も大変です。今朝の玄関ではなぜか6年生、元気がないように見えましたが。

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全国学力テスト21日実施へ

担当者らの思惑も絡む中、全国学力テスト21日実施へ  産経
 文部科学省の全国学力テストが21日、小中学校計約3万2300校で行われ、小学6年と中学3年の計約230万人が参加する。今回はこれまで全国の自治体で唯一不参加だった愛知県犬山市も参加に転じ、平成19年度の再開以来、初めて全公立校がそろう。一方、過去2回の成績低迷を糧とし、さまざまな対策を取ってきた自治体のトップや担当者にとっては、まさに真価を問われる場となり、さまざまな思惑を抱える中で、児童・生徒が答案に臨む。
 参加賛成派と反対派の対立が続いた末に、3回目で初参加となる犬山市。18年12月、参加推進派の田中志典市長が初当選後、全員不参加でスクラムを組んでいた教育委員を入れ替えるなどして態勢を整え、今年3月に教育委員会臨時会で参加が議決された。
 瀬見井久教育長ら反対派は「過度の競争を招く」と難色を示し続けたが、保護者からは「ある程度の競争は必要」との声が多く、市長の方針を援護射撃。小中学校PTA連合会幹部は「理想論だけでは高校、大学受験はできない」と語る。
 「序列化や数字の一人歩きは避けたい。今後にいかに生かしていけるかが大事で、あくまで犬山流で参加するつもり」と市教委幹部。同市では、約4カ月後に公表予定の結果を待たずに、複写した答案を教員が独自で採点し、早急に結果を集計する方針で、「参加するからには」という積極姿勢をみせている。
 一方、19年度が小中学校ともに45位、20年度が小学校41位、中学校45位と低迷した大阪府にとっては、「日本一の教育」を掲げる橋下徹知事が正念場を迎える。橋下知事は、昨年2月の就任後、市町村別成績の部分開示など学力テストをめぐっても物議を醸してきただけに、成績向上が見られなければ求心力低下にもつながりかねない。
 府教委では昨年来、次々と対策を講じてきた。授業改善のため指導主事が現場の教員を直接指導したほか、放課後学習の定着のため府内の小中学校で無料学習を開始。教育委員には、百マス計算など反復学習の「陰山メソッド」を確立した陰山英男・立命館小副校長らを迎えた。
 府は20年度のテスト後、教育力向上に向けた緊急対策を打ち立て、小中学校約50校を重点校として陰山氏の反復学習メソッドの活用を徹底。現在では府内約9割の小中学校に広がった。
 「短期間に一気に成果が出るとは思わないが、現場が変わってきているのは間違いない。『確実に上がります』とは言えないが、教育委員を任命しありとあらゆることをやった上での結果なので、悪ければ僕の責任だと思う」。橋下知事は15日の定例記者会見で覚悟をのぞかせた。府教委の角野茂樹・小中学校課長は「全国との比較で成果が見られることを期待しているが、何よりも課題が改善されているかを見極めたい」と話す。
 2年連続で中学校がワースト2位に甘んじた高知県も昨秋以降、全中学校を対象に数学で単元ごとに習熟度をチェックするテストを繰り返し実施。高知市内を中心に、補講体制も確立してきた。単元ごとのテストは4月から、小学4~6年にも広げた。
 20年度が小学校の38位に対し、中学校は16位だった島根県は「2年越しの取り組み」に飛躍をかける。
 同県では、調査結果で家庭学習時間が短かったことを重視し、19年5月からパソコンから学習プリントをダウンロードできるシステムを全小中学校で導入。その結果、18年度に小6で29・6%、中3は36・6%だった「学校の授業以外に1時間以上学習する」の割合が、20年度にはそれぞれ48%、45%にアップした。
 県教委義務教育課の佐藤文宣・グループリーダーは「まずは習慣を身につけないとと考え、ほかにもいろいろな手を打ってきた。すぐにはうまくいかないと思うが、それでも成績向上を期待したい」と話す。
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 この記事それ自体が学力テストの弊害をはっきりと示しています。点数と順位で一喜一憂する、悪い県ははっぱをかけ何度もプレテストや事前の対策を練る、これらみんな犠牲者は子ども達と教員です。次の主張も併せて見てみましょう
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 全国いっせい学力テストが二十一日に実施されます。今年で三度目です。
 その日、小学校六年生の児童と中学校三年生の生徒は一日中、算数・数学、国語のテスト漬けです。それだけではありません。朝何時におきているか、食事はとっているか、本はどれくらい読んでいるか。プライバシーにかかわる問題にも答えなければなりません。
 なぜ全国学力テストをおこなうのか。子どもの学力の調査のためという、文科省の説明は完全に破たんしています。担当官自身が「学力の状況の全国的な傾向の把握のためなら、全員対象の調査でなくてもいい」とのべました。
 いま同省がしがみついている唯一の「理由」は、「各教育委員会や学校が子どもへの学習指導を具体的に改善するのに役立つ」というものです。
 しかし、テストの結果は数カ月先です。「どのようなテストだったか」、忘れたころに返されます。しかもどこでどう間違えたかわかる答案用紙ではなく、「できたかできなかったのかの○×」と全国平均正答率がかかれた個人表です。これで、どんな具体的改善が図れるというのでしょうか。
 文科省は「競争を助長しない」といいますが、実際には都道府県の平均点を発表し、「順位をあげろ」という競争のタネをまきました。市町村レベルや学校ごとの結果公表はさせないとしましたが、守られる保証がありません。大阪府や秋田県などで市町村ごとの公表が進み、鳥取県のある市では学校ごとの開示まで決めています。
 学校長が教育委員会によびつけられ、点数をみせられ、点数が低いことをなじられる。校長は教師を呼びつけ怒る。子どもたちには「予備テスト」や「事前テスト」などのテストが繰り返しおこなわれる。さらには点数を上げるための不正がひろがり、不正をさす「田植え」や「ドーピング」という“学テ用語”までうまれました。

 都道府県・政令指定都市教育委員会の29%が「抽出調査にかえる」などの見直しを表明しています(「朝日」五日付)。国に近い立場の教育委員会として、異例なことです。
 私たちが憂えるのは、「学力は点数で測るもの」という短絡した考えがはびこることです。日本教育学会会長などを歴任された大田尭さんは「学力は人間の内面の問題。安易に点数をつけたり、順番をつけるのはおかしい。数量化は参考資料の一つ。学力というのは生存力なのだと、徹底して考えるべきだ」とのべました。
 全国いっせい学力テストは、日本の子どもの真の意味での学力と未来を傷つけていることを、私たちは知るべきです。
 学校の現場では、教員は授業準備もできない「多忙化」に苦しんでいます。また、学力の底上げや創造的な授業のための少人数学級の実施が切望されています。
 国の仕事は、数十億円もかけて望まれない、役に立たない事業をすることではなく、日本の将来をみすえて教育条件を整備することです。全国いっせい学力テストの中止をつよく求めます。     赤旗18日
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 これを見るだけであとは述べることはありません。中止しかありません。

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体力は遊びから

体力は遊びから、全国平均を超す 上級生が考え楽しく 高知2009年4月17日 朝日
 国が実施した全国体力調査の結果が高知県内では振るわなかった中、教育関係者の注目を集めている学校がある。高知市立横浜小学校(小野剛校長)だ。体力調査の結果が県内トップクラスで、全国平均も上回った。その理由は、上級生が考えた遊びのメニューを全校生で取り組んでいる点にあった。
 浦戸湾をのぞむ高台にある同校では、昼休みの時間になると、給食を食べ終えた子どもたちがグラウンドに集まってくる。約460人の全校児童は20~30人ずつに分かれ、ひも取りゲームやドッジボールをして遊ぶ。
 同校は約15年前から月に2回、昼休みの30分間を体育の授業とは別に「遊び」の時間にあてている。また、毎週木曜の始業前には約10分間、縄跳びやマラソンなどの運動をする。
 休み時間や放課後に遊ぶのは、どこの学校でも同じだ。だが、同校が違うのは6年生が中心となって遊びのメニューを考え、下級生と一緒に取り組む点だ。
 授業では教わらない縄跳びのやり方など、年間十数種類ものメニューをつくり、下級生に教えたり、一緒に上達の方法を探ったりする。その日の反省と次回への課題も毎回発表する。体育の授業と変わらないほど濃密な内容だ。
 6年生の横山成海(なるみ)さんは「入学前は苦手だった鉄棒も、みんなにコツを教えてもらって好きになった」と話す。
 県教委が県内の児童を対象に昨年度に実施した調査では、「運動が好き」と答えたのは小1で92%、小6で82%だった。これに対し、同校では小1で99%、小6で88%に上った。市内の学校からは「一体どんな取り組みをしているのか」との問い合わせが相次いでいるという。
 県教委スポーツ健康教育課の刈谷好孝課長は「全国調査の記録を伸ばすことだけが目的になっては本末転倒だが、横浜小のように楽しみながら体力が向上すれば理想的だ」と話している。
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 6年生が中心となって遊びのメニューを考え、下級生と一緒に取り組む点が魅力だと思います。でも本当は、そうした縛りもなくもっとフリーにする、下級生と遊びたい子は遊ぶ、といのがいいと思います。そして時間の保障、できれば40分くらいはほしい所です。遊びで体力づくり・仲間づくりができます。遊びを勉強や勤勉と対置して捉えられがちですが、遊びの保障は学校での大切な視点だと思います。

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管理職希望者が激減 

先生:競争の現場から 管理職希望者が激減  毎日
 二つの目覚まし時計が次々に鳴り、テレビの電源が自動的に入る。午前4時50分。慌ただしく風呂に入ってトーストをかじり、6時には家を出る。妻とも大学生の息子とも、1週間顔を合わせないこともある。
 朝7時に学校に着き、家に帰るのは夜11時ごろ。「まさにセブンイレブンの生活です」。東京都内の小学校の副校長(55)は自虐的に言う。
 「きょうは休みます」。早朝、保護者から入る電話を取るのは副校長。職員室に常に陣取り、学校事務や教員の管理、対外業務を一手に請け負う。
 「一線の先生たちが残っているのに『お先に』と帰れない」
 ストレスは多忙だけでない。前任校で学力アップを実現し「やり手」で通る校長は、数値へのこだわりが強い。基礎学力を確かめる校内の習熟度テストでは「高学年は85点、低学年は90点取得」を掲げる。
 道徳の公開講座の参加人数も気になるらしく、「何人来る?」と暗に催促された。慌てて保護者向けの連絡帳で参加を促し、緊急連絡網まで使って電話で呼びかけたが、前年並みの3ケタに届かなかった。
 校長室に呼ばれると渋面が待っていた。
 「私は不満です」
 朝、地下鉄が学校の最寄り駅に近づくと頭が痛くなってくる。以前は1日十数本だったたばこも、気づくと2箱目に手を伸ばしている。「目標をクリアするため、ただ走らされる。人事評価は校長がつけるので、異動希望調査で本音は書けない」。副校長はうめく。
 管理職をめざそうとする教員が減っている。東京都では、かつて5倍を超えていた管理職選考が、昨年度は1・4倍にまで落ち込んだ。危機感を抱いた都教委は3年前から「希望者だけではなく、優秀な人材を確保したい」と、校長や教育長による推薦枠を設けた。
 病欠も多い。全国副校長会の調査では、07年度に連続2週間以上休職した副校長は292人で、110人に1人の割合に上る。
 副校長から降りることを望む教員も現れ始めた。文部科学省の調べでは、全都道府県と政令市教委のうち59教委が「希望降任」制度を創設している。最近5年間では毎年70人前後が、ヒラ教員に戻っている。
 「知人の副校長も疲れ果てて降任した。その後は元気になったらしいが、事情は尋ねにくい」。東京都内の中学校校長(53)は漏らし、続けた。「任が重い割に、報われないからでしょう」
 全教員の授業を見て回り、評価をつける。学校経営計画を立てホームページに載せる。学力不安が叫ばれ、公立校への視線が厳しくなるにつれ年々、校長の業務は増える。
 この中学校長も今春、慣れない仕事に追われた。「教員志望の学生さんにお願いしたいのですが--」。近隣の大学の研究室に電話をかけ、土曜日の補習教室で教える講師探しに奔走した。新年度を迎えたが、定員は埋まっていない。
 「区教委の最大の目標は学力アップ。いい評価をもらうためではないけれど、やるしかないのです」
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 ここでいう副校長というのは普通の学校では教頭です。校長へのステップ台として何年間かこの職に身を置くわけですが、悲哀ですね。そういえば私がいつも行く学校の教頭ももう辞めたいと言っていました。管理から雑用とあらゆる仕事を引き受ける立場です。この記事のように校長に気を遣うのになってしまうと辛いと思います。でもこの副校長や校長はれっきとした管理職、給料も上がります。校長を目指してばりばり張り切る人もいます。その場合は教職員、学校で言えば平の教員や講師の人ですがその人達に対しても管理的な物言いをしたり威張ったりする人もいます。そうしてその後校長になっていくのでしょうが、ここで心すべきはこの平教員との接点にいるということですね。体調悪い人、妊婦の教員に早めに帰るよう促して上げる人がこの立場の人です。管理で人をしばる面とは別にこうした心配りのできる人は校長になっても人望熱くやっていけるのではないでしょうか。校務士さんが学校にいます。この人は市職員で県費職員の教員とは立場を異にします。こうした人の要望も聞いたりしてほしい仕事をうまく伝えるのもこの人達の仕事です。教頭任用にも校長推薦と面接があります。職員会でいつも意見を言って忠誠心がないと見られる人、私もそうですが、その機会はありませんでした。人の心が分かる人が教頭、副校長になってほしいのですが、仕事がむなしくて降格を希望するというのは、今の職階性の矛盾でもあると思います。

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何でも数値化

先生:競争の現場から/3 学力向上、何でも数値化
 カーペットの上で寝息をたてる妻(55)を、起こそうかどうか迷った。小学校教諭を務める妻は普段なら、日付が変わるころまで持ち帰った仕事をするが、夕食後、横になり寝てしまったのだ。
 昨春まで中学校教諭をしていた夫(60)は言う。「しんどいのはよくわかる」。今は食事や洗濯を進んで引き受け、妻を支える。
 2人が勤める埼玉県では05年、児童や生徒の学力・体力・規律ある態度の「三つの目標」達成を県教委が掲げた。以来「数字と格闘する日々」だという。
 県教委は基礎学力徹底のため、全小中学生に読み書きと計算のテストを毎年実施。教員は設問ごとに正答者の人数と割合を計算し、表にしなければならない。規律に関しては「脱いだ靴のかかとをそろえる」「登下校時刻を守る」など小学校72項目、中学校36項目について保護者と子どもにアンケートを行い、達成率をはじき出す。
 「議会で成果を説明するためか、偉い人の思いつきで振り回される。パソコンに向かうより、できない子の底上げをしたかった」。夫は振り返った。
 現役時代は「すっぽん」とも呼ばれた。不登校の生徒の自宅に通って勉強を教えたり、放課後にフィリピン人生徒に個別指導したりした。難しい生徒もあきらめないことからついたあだ名だが、「最後は生徒と向きあう余裕がなくなった。悔いが残る」と告白する。
 学力低下が叫ばれ始めた数年前から、独自の学力向上策を打ち出す自治体が目立つ。土曜日や夏休みも使って授業時間を積み上げて、テストで成果を確かめる。わかりやすい結果を示すため、何でも数値化される。
 「国語への意欲を評価する材料として、各自の読んだ本の冊数をカウントしている。朝のあいさつをする児童の割合も数える。60%から80%になったら教師は評価されるが、残り20%の児童はどうなるのか……」。2月に開かれた日本教職員組合の教研集会で、広島県三原市の小学校で教える森崎賢治さん(37)が訴えた。
 数値の高い子が「いい子」とは限らない。本をよく読む女児の親から、深刻な事実を知らされた。「うちの子は休み時間も読書しているけれど、実は友達関係がうまくいっていないんです」
 森崎さんは自戒を込めて言う。「数字で評価していると、数字で表せない部分が見えなくなってしまう」
 教員評価でも、検証しやすい目標設定を教委が勧めるため数値目標を掲げることが当然になりつつある。
 「とにかく数字のオンパレードです」。埼玉県の中学校で教える女性教諭(57)は言う。年度初めに目標を書く自己申告票。見本として渡されるシートには数が躍る。管理職も忠実に従う。校長の自己申告票を女性教諭がのぞくと案の定、1~3年生の保護者会の参加率を挙げ、「今年は1割以上のアップをめざす」という記述がみえた。
 迎合するつもりもないが昨年、「学級通信の週1回以上の発行」と書いてみると、校長は笑顔になった。
 「これはいいですねー」=つづく
 ◇ご意見・情報お寄せください
 〒100-8051毎日新聞教育取材班 ファクス03・3212・0005 Eメールkyouiku@mbx.mainichi.co.jp
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 この数値化というのがくせ者です。しかもそれを評価に入れるとややこしくなります。遅刻をゼロにする、テストの点を全員70点以上にする、家で毎日全員1時間以上勉強する、と何でも数値化できます。教員も例えばある高校で東大合格を何人以上を目指すとした場合、これほど目標が達成できたかどうかはっきり分かるものはありません。つまりそれは子どもや教員を知らないうちに縛りをかけるものになっています。教育は数値で示すように目に見えてはっきりした成果が分かることはないと思った方がいいのではないでしょうか。つまりそれが人を教育することのおもしろさであり魅力だとおもうのです。人に育ちの違いがあり個性の違いもあるからです。この数値化で序列を作るのが全国学力テストで、その愚策はもうはっきりしています。60歳まで勤め上げるのが何と難しいことか、これが教員の世界での話題です。

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ミツバチ:不足、農家「困った」

ミツバチ:不足、農家「困った」 原因不明の大量消失/果物など受粉に影響
 日本国内のミツバチが足りない。ミツバチは「はちみつをつくる昆虫」とのイメージがあるが、イチゴ、スイカ、メロンなどの花粉交配に欠かせない。ミツバチが不足すれば、果物や野菜の実りに影響し、品不足の心配も出てきた。日本の食卓を脅かしかねないミツバチの現状はどうなっているのか。【小島正美】
 「ミツバチがこれほど品薄になるとは思ってもみなかった」
 交配用ミツバチを農家に供給する間室治・間室養蜂場社長(埼玉県吉見町)はミツバチの巣箱を前に嘆いた。
 例年なら、これから春にかけて、県内外の養蜂業者からミツバチを仕入れ、交配用ミツバチとして出荷する作業が忙しくなる。ところが、昨年からミツバチの仕入れが難しくなり、今年は例年の半分も出荷できない。
 「このままだと事業が成り立たない」
 ミツバチはイチゴ、スイカ、メロン、ナス、ナシ、サクランボ、ブルーベリーなどの花粉交配に欠かせない。このため果樹農家は交配ミツバチの供給業者や養蜂家からミツバチを買い、畑やハウスに放つ。
 ミツバチが不足する背景には、養蜂業者が飼っているミツバチの激減がある。全国の農協などにミツバチを供給する最大手の丸東(まるとう)東海商事(愛知県豊橋市)は「業界が消滅するほどだ」と危機感を募らせる。
 実は、ミツバチが大量に不足する事態は米国で3年前から起きている。特に06年秋~07年春、全米の3割前後のミツバチが短期間に消失(逃去)し、蜂群崩壊症候群(CCD)として注目された。昨年も東部の州で大量の消失が見られた。
 日本国内でも、ここ数年、岩手や北海道などでミツバチが大量に死んだり、消えたりする現象が起きている。
 日本養蜂はちみつ協会(約2500業者加盟)に加盟する養蜂家へのアンケート結果(回収率約36%)がある。農研機構畜産草地研究所(茨城県つくば市)みつばちグループの木村澄・主任研究員や門脇辰彦・名古屋大准教授ら3人が昨年8~12月に実施した。
 それによると、4人に1人が「大量のミツバチが知らぬ間にいなくなった経験がある」と答えた。消失の規模は大小さまざまだが、木村さんは「予想より多くの(養蜂)業者が大量逃去を経験していると感じた」と話す。
 木村さんは昨年12月、米国の現状も視察している。「小規模な消失は昔からあったが、米国のような大量崩壊は異常だ。日本でも状況を調べていく必要がある」
 日本のミツバチは小規模飼育が多い。長距離を移動する頻度も少なく、米国と比べ、ミツバチの生死にかかわるストレス度は少ないとされる。はちみつ協会によると、はちみつは輸入がほとんどで国内自給率は6%前後だが、いまのところ「国産はちみつの生産に支障が出るほどの状況ではない」という。
 ところが交配用はそうはいかない。「今後、ナス、メロン、スイカなどの交配でミツバチ確保が困難になることも考えられる」(農林水産省)。4月からスイカの交配時期を迎えるいんば農協(千葉県佐倉市)は「必死にミツバチを集めている」と言う。
 手作業の受粉すら考えなければならない状況だ。栃木県のイチゴ、メロン、ナシなどの産地でも不安の声が上がっている。
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 このミツバチのニュースは以前にも聞いたことがあります。歌ではよく歌われているのにそんなに身近ではない存在です。刺されるイメージもあるからだと思いますが、これからの時期、このミツバチが大事な働きをしていることを改めて知ることができます。人間の手で受粉させるよりもはるかに効率もよく自然であることでなくてはならないミツバチです。大量逃亡というのは農薬などでの神経系統の異常も、とか。地球環境の異常はこうした虫たちにも出てきています。悲壮感でとらえるのでなく、こうしたことにも関心を持つそんな学びの構成も大事です。生き物や虫が大好きな子どもがたくさんいるのですから。

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桜談義

 午前、公園の横を通りかかったら桜が満開に近い素敵な咲きぶりでした。その公園に小学生が花見でしょうか、遊びに来ていました。今日もよい天気になりしかもぽかぽか陽気です。こんな日に満開なんて桜もそして見る人も幸せです。
 桜といえば名所の紹介と人混みの多さをテレビは報道していますが、本当はひっそりときれいに咲く所が趣があるのではないでしょうか。そんな所をいくつか見ています。古木が多く昔からきれいだったのだろうなあと思います。川や用水のそばに多く桜の木があります。
 また満開の絶頂期に目を奪われがちですが、劣らずきれいなのは、桜の芽吹きです。朝日がさしてそれらが一面薄ピンクでまわりを染めるのは何とも言えない美しい世界となります。
 絶頂期にもどりますが今朝も小川のそばに満開の桜を見ました。車道から離れていて歩道だけがずっと通っていてあまり気づきません。交通巡視員の人にそのことを話すと、夏はアメシロで困るとのこと、それだけ虫がついてもパワーできれいな花を咲かせるのでしょうか。
 学校の玄関では入学、進級写真の準備をしていました。写真屋さんがスタンドを設置してありましたが、玄関が背景で横の桜は入りません。子ども達の輝く顔が桜の代わりということでしょうか。

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新学期からやっと今日で3日目です

新学期からやっと今日で3日目です。朝、学校の玄関にいるといかにも若いスーツ姿のお兄さんが学校から出てきました。その時は分からなかったのですが、この学校の初任の先生のようです。車の所に行き何か準備をしているようでした。やがて若い女性と一緒に車で出かけていきました。玄関に来た校長に聞くと今日は初任研とのこと、一日学校を離れての研修です。えっ、今からクラスのことに全力で子どもと取り組む時なのに、一日学校をあけるなんて悲劇ではありませんか。この学校は二人の初任の先生が配属になっています。そうした無慈悲な初任研が始まりました。校長もぼそっと、現場で研修するのが基本なのに現場を離れなくてはならないとは、とつぶやいていたのが印象的でした。

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平日に旅行…家族と学校どっちが大事なの?

平日に旅行…家族と学校どっちが大事なの? 2009.4.8 12:01 産経
平日に学校を休ませて旅行や遊びに連れて行く家族について、どう思う?(アイシェア調べ) 平日に学校を休んで旅行やレジャー施設に連れていくという家庭が増えているそうだ。その賛否を巡ってネット上で意見が飛び交い、話題となった。そこで、平日に学校を休ませて子どもを旅行や遊びに連れて行くことについてどう思うか、ネットユーザーを対象に調査を実施し、20代から40代の男女364名の回答を集計した。
 平日に学校を休ませて子どもを旅行や遊びに行くことについては、「良いと思う」は11.3%、「(その日でなければならない)事情があれば良いと思う」が39.8%、「よくないと思う」は48.9%となり、賛否はほぼ半数に分かれた。
 その理由を自由回答で聞いたところ、「良くない」という『反対派』回答者の意見は、「ルールは守らせるべき」「学業が優先」「親は子供に教育を受けさせる義務がある」など、遊びのために学校を休んでもいいと子どもに思わせてしまうことは教育上良くないという考え方が多い。
 「良いと思う」「事情があれば良いと思う」を合わせた『賛成派』でも、「親が平日しか休めない」場合や、「その日しかできないこと」の場合はやむを得ないという、条件付き肯定の回答が目立つなど、基本は学校優先であるべきという考えが根底にある人も多いようだ。一方で、「家族との交流も大切」「自己責任」「学校ではできない体験になるなら」「平日の方が空いている、安い」など、学校よりも大切なことがある、家庭や親の事情を優先させても問題ない、という考え方も少なくない。また、「自分は休ませてまで遊びに行かないけど、価値観は人それぞれ」といったコメントも見られた。
 ちなみに、回答者自身が子どものときに旅行や遊びで学校を休んだことがあるかとの問いでは、「ある」が11.0%にとどまり、89.0%は「ない」と答えている。大半がそのような経験はないようだ。「ある」と回答した40名のうち、「休んでよかった」「どちらかというと休んでよかった」とする『肯定派』は87.5%。そう思う理由について、自由回答で「40半ばになっても、思い出として残っている」「土日では出会えないような体験や人との出会いがあった」などと肯定的にとらえている。対して『否定派』は、「勉強が遅れる」「出席しなかった時の授業内容が判らなくなった」との経験をあげていた。
 学校に対する考え方やワークスタイルが多様化しているという背景もあり、レジャー目的で学校を休むことへの抵抗感は薄れつつあるといえそうだが、教育上の観点や自身の経験から、あくまで学校を優先すべきという考えも根強く、その賛否は今後も分かれそうだ。
 調査はブロガー向け情報サイト「ブロッチ」などネットマーケティングを展開する株式会社アイシェアが、同社の提供するサービス会員をパネラーとして行った。
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 こうしたことは以前からありました。親の仕事の関係が多いと思ったのですが、一昔みたいに皆勤賞というのがあってそれをもらうため頑張るというのもなくなったことも影響していると見ることができそうです。もとより学校を休むかどうかは家庭の都合であっていいとかよくないとかの問題でもないし、この記事のような取り上げ方も適切ではないと思います。休んで勉強が遅れるとしたらそのリスクも当然了解しているでしょうし、価値観の問題もあります。ただ基本的には多数の家庭は学校を休まないことを大事にしていると見ていますが。

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志願者殺到の定時制高校

志願者殺到の定時制高校 追加入試の5時間後に入学式 4月7日 朝日
 都市部を中心に公立高校定時制の入試に志願者が殺到し、例年にない多くの不合格者を出す事態が起きている。朝日新聞が各都道府県教委に確認したところ、少なくとも18都道府県の計700人以上は定員超が原因で最終的に不合格になっていた。不況で私立が敬遠されたのが原因とみられるが、最多の167人の不合格者を出した大阪府では6日、募集枠を拡大した異例の補欠入試と合格発表、入学式をこの日のうちに一気に敢行した学校もあった。
 6日午後、大阪府内で最初に補欠入試が実施された府立春日丘高校(同府茨木市)では、8人の募集人員に対し、13人が挑んだ。午後1時の試験開始から、合格発表、同6時の入学式まで、5時間余りで一気に進んだ。
 試験は英語、数学、国語の学力検査で計1時間。その後、すぐに採点し、合否判定会議で合格者を選び、あわただしく発表の準備を進めた。
 午後4時、移動式の掲示板が、校舎わきの通路に運ばれ、合格者の受験番号が示された。保護者や友人と一緒に確認に訪れて、自分の番号を見つけ、「よし」「受かってる」と、小さくガッツポーズをする受験者もいた。
 大阪市東淀川区の男性(15)は「むちゃうれしい」と顔をほころばせた。全日制の前期、後期、2次を受験し、「全部滑った」。友人たちが次々と進路を決めていく中、不安で仕方なかったという。私立は親から授業料が高いと反対され、「公立しかないと思っていた」。
 「安心しました」と表情をゆるめた茨木市の女性(15)も4度目の挑戦。2次募集で同校を受験したがダメだった。仕事を休んで駆けつけて来たというパートの母親(38)は「母子家庭で経済的には無理なので、私立は考えられなかった」と明かした。
 その傍らで、肩を落として引き揚げていく男性の姿も。同校の教員が、まだ出願が間に合う別の高校の補欠募集のことを伝えたという。
 発表から2時間後、8人を含む定時制133人の入学式が体育館であった。約2時間前に合格を確認した親子たちも式にのぞみ、定時制の岩井英雅校長から「今年は従来に比べ志願者が急増した。多くの保護者の方々の喜びもひとしおだと思います」と激励を受けた。
 同校のこうした対応は、「補欠合格の子が区別されないようにして、高校生活のスタートを同時に切ってほしい」という配慮からだった。
 ただ、府教委の対応について「終始後手に回った」と指摘する声は少なくない。今春の入試では、私立だけを受ける生徒の割合「専願率」が20.98%と過去最低。公立の志願増を懸念する声が上がり、3月に入ると、定時制の校長らから「定時制があふれかえるのではないか」という指摘が出ていた。
 しかし、府教委が具体的に動き出したのは3月27日夜。同日午後2時から定時制2次の合格発表があった。「受け入れ可能人数を今日の午後9時45分までに返事してください」とのファクスが各校に一斉に送られたという。
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 不況の姿がここにも出てきています。私立はお金が高くて入学できないという生徒や家庭が多いことも分かります。義務教育ではないにしろ本来教育は無償のはずです。そして、教育の機会均等で誰でも学べるのが基本です。それを奪って、定時制高校に志願者が殺到するというのは何度もくり返しますが教育の貧困です。母子家庭の補助も減らし、今、政治はどこを向いているのでしょうか。「むちゃうれしい」と顔をほころばせた15才の人の話を政治家はじかに聞いてほしいと思います。

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今日はわが市全校の入学式

今日はわが市全校の入学式、ちょっとのぞいて来ました。様変りしていたのが、夫婦同伴での姿です。子どもが小さいためもあってどちらが主役か分かりません。そうした組が5割から6割はいたでしょうか。不況のせいで休日が増えているのか、あるいはこの日のために休暇を取ったのか、いずれにしても教育に対する、我が子に対する期待の大きさを感じます。このことがある意味では子どもにとってプレッシャーになるのですが。祖父母の姿も少なくありません。入学は家族そろってお目でいたことです。晴れました。桜の満開はちょっと先ですが、子ども達の門でを祝福しています。明日から大きなランドセルを背負った小さな1年生の姿が見られます。本当の春のスタートになりました。

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小学校からの英語教育の導入について

小学校からの英語教育の導入について、中学校の英語教員の7割近くが、「導入しても、将来、英語を話せるようにはならない」と考えていることが4日、通信教育最大手のベネッセコーポレーション(岡山市)の調査で分かった。新学習指導要領にともない、今年度から5、6年生を対象に先行実施されているが、小、中学校間の認識のギャップが浮かんだ形だ。
 同社のシンクタンクが昨年7~8月、全国の公立中学校の英語教員約3600人を対象に実施した。
 その結果、調査対象者の地元の小学校で行われている英語教育について、「知っている」と答えたのは48・5%と半数を下回り、小学校の英語教員との交流も「集まる機会がある」(28・6%)、「授業を見に行く」(25・5%)しかなく、小、中学校間でほとんど連携が取れていない実態が目立った。
 さらに、調査対象の約8割は「聞くことに慣れる」と、小学校での英語教育に一定の効果を認めながらも、「中学での英語指導がスムーズになる」と受け止めているのは42・1%で、中学での教育と切り離している。また、「将来、英語を話せる日本人が増える」と考えているのは24・3%しかいなかった。
 一方、調査対象の教員自身の指導法については、4割を超える教員が「英語を好きになるように指導する」ことを大切にしていると答える一方、授業の中心は「音読」「文法の練習問題」「発音練習」などが占めていることが判明。
 「英語の歌を歌う」「スピーチ」といった実践的な授業は4割程度にとどまり、英語の楽しさを伝えたいという思いと試験対策用の指導とのジレンマに悩む姿がうかがわれる。
 ベネッセは「小学校での英語の教育効果を上げるためには、中学校との具体的な連携方法を考える必要がある」と分析している。
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 まさにその通りなのです。小中の連携が必要です。そして受験英語を捨てて外国の文化を学ぶ視点を入れないと英語を話すことにつながっては行かないと思います。つまり今の体制では小学校に英語を導入しなくても中学からの英語学習開始で十分ということです。今、環境教育、安全教育など様々な形でよいことだという理由でどんどん小学校に学びを半ば強要されています。そうしたことを学校でどうするか判断できるといいのですが、英語教育にしても教育委員会の決定で管轄下の学校が一律実施というのが現状ですが、仮に英語がなくなると、ゆとりが生まれていいのではないでしょうか。

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今日から4月

今日から4月、学校の職員にとっても忙しい毎日のスタートです。連日の会議、打ち合わせ、資料づくり、そしてわずかな時間を見つけては始業式からのクラスの準備をします。児童名簿作成、4月からのノートや副読本、教材の選定、学年での運やいの話し合い、学年での仕事分担、教室の整頓と新学期の飾り付け、学年便りやクラス便りの準備、出会いで新鮮とどきどきの子ども達と同じ思いで教師もその日を迎えます。今日は学年担任も決まり、学年で揃って食事に出かけます。給食がなく、出前も以前みたいに多くなく、もっとも1日学校の中で会議の連続は息がつまります。お目当てのレストランでは他校の人と鉢合わせもよくあります。その場で同学年のメンバーで、自分の思いや抱負など自然とそんな話になります。このことが大事なのですね。こうして日々、打ち合わせや話し合いの時間がゆったり取れる、これが夢です。当たり前ことが新学期が始まるとできなくなります。みんな自分のことで手一杯です。4月いっぱい会議や資料作成が延々と続きます。始業式が始まる時にはもう4月も終わるのかという疲れです。でも子ども達と出会うのは毎年新鮮です。今日から学校職員も仕事の始まりです。

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習熟度別授業、効果出ない例も 

習熟度別授業、効果出ない例も 文科省全国調査2009年3月31日
 勉強の理解の程度に応じて子どもたちをグループ分けして教える「習熟度別少人数授業」。きめ細かな指導法として各地で導入されているが、勉強が進んでいない子の学力向上につながっていないケースが少なくないことが30日、文部科学省の調査結果でわかった。
 習熟度別授業は各都道府県の3~9割の学校で導入されているが、専門家は「単にクラスを分ければいいというものではない。個々の状態に応じたていねいな指導が必要だ」と指摘している。
 文科省は、小6、中3を対象に08年4月に実施した全国学力調査をもとに分析。算数・数学の成績が下から4分の1だった子どもから、「全授業の4分の3以上で習熟度別少人数指導を受けた」グループと「習熟度別少人数指導を全く受けていない」グループを抽出し、問題をピックアップして正答率を比べた。
 それによると、習熟度別指導を受けた子の方が、受けていない子より正答率が1ポイント以上高い問題が小学校で14問中5問、中学校では20問中4問あった。ただ、差は最大で3ポイントにとどまり、受けていない子の方が逆に正答率が高い問題も小学校で3問あった。
 都道府県ごとにみると、小学校の算数で、習熟度別の実施校の方が正答率が1ポイント以上高い県が10ある一方で、非実施校の方が1ポイント以上高い県も5あり、それ以外はほとんど差がなかった。
 浅沼茂・東京学芸大教授は「効果が出ている学校を見ると、低学力層は10人くらいのグループにし、教材や教え方も変えている。子ども一人ひとりの性格に合わせて声のかけ方まで工夫している」と指摘する。文科省の担当者も「効果が出るかどうかは、結局、先生がどういう方法で教えているかによるのではないか」と言う。(葉山梢) 朝日
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 早急な効果を求めても意味がないことと、少ない人数で丁寧に教えることが基本です。習熟度別指導が効果あるかないかの観点だけでは正しくありません。それと学びの基本、例えば算数のかけ算だと1あたり量がしっかり押さえられているかで分かり方が違います。それをいい加減にして九九をどれだけ覚えさせようとしても学力にはなりません。この学びの基本も押さえるという観点がこの記事からは見えません。形の導入で結果を出そうとしています。教育は形ではなくケースバイケースなのですが。今日から4月職員会議が始まり、担任配置もきまります。子どもの顔が見える教育を、と思います。

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第2子以降は給食費無料へ

第2子以降は給食費無料へ 小鹿野町、小中学校 埼玉2009年3月30日
 小鹿野町は23日、子育て支援事業として、新年度から第2子以降の児童・生徒の学校給食費を全額助成する、と発表した。第2子以降とはいえ全額助成は異例という。教材費の補助や医療費自己負担額の全額助成枠も拡大し、中学卒業までになった。全体の助成総額は09年度で約6千万円で、実施期間は5年。
 同町によると、学校給食費の対象者は小学生350人、中学生200人と見込み、予算額は2890万円になる。教材費助成も第2子以降で、家庭科教材などの一部を除いた副読本やワークブック代などに630万円を予定している。
 これまで0歳から就学前だった医療費自己負担額の全額助成は、15歳の中学卒業までに枠を拡大する。7月分から実施する。医療費の助成総額は2485万円で、枠拡大に伴う予算は673万円。
 市町村による学校給食費の全額負担の例は少ない。皆野町では08年度から実施されているが、対象は「3人以上の児童・生徒がいる場合、年少者2人以外の児童・生徒」としている。
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 小さな町だから出来るという思いもあります。住民の声が届きやすく、その人達の顔が浮かぶ行政が実行しやすいからでしょう。このように政治は住民の思いや願いを読み、すぐ実行することも大事です。それが大きな市になると予算も組織も大きくなり一つ決めるのにも時間がかかります。個々の人の顔なんて分かりません。そこからいい加減な政治、冷たい政治になるとも言えそうです。ですからこの町のように顔が見える政治は大事だと思います。教育も同様ではないでしょうか。そうしてこのようなことに国は全面の支援をすべきです。そして第2子以降は給食費無料でなくて全児童無料にしてほしいと思います。

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