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私の出会った先生

堤未果(ジャーナリスト)
   心を開くことを恐れなかった先生

 学校生活を思い出そうと記憶の糸をたどってゆくと、出会った人たちや出来事がいくつも入り交じり輪郭がぼやけてくる。でもそんな中、大人になった私が、自信をなくしかけるたびに思い出す記憶がある。ずっと特別な場所にしまっておいたあの瞬間と、一番必要なものを教えてくれたI入の先生のことを。
 私の通った和光学園には、ひとクラスに最低2人、障害をもった生徒がいた。目の見えない子や耳の聞こえない子、私のクラスにもS君というダウン症の子と、T君という自閉症の子がいた。和光の先生たちは条件に関係なく、全生徒を同じように扱う。一人ひとりの顔や性格が違うように、彼らには同じことをするときにほんの少し手助けがいるのだと説明する。和光では、障害はそれ以上でも以下でもない。だからどのクラスでもそういう子は、砂場の砂をかき分けるようにして自然に居場所を手に入れていた。
               
 小学校のとき初めての担任だったB先生は、見た目が怖いことで有名だった。もじゃもじゃ頭が伸びすぎてアフロと化した巨体、口を間けば大声で、どんなにうるさい教室もすぐに静まり返る。体の小さい私は、一目でB先生を嫌いになった。
 自閉症のT君は卵アレルギーで、卵を見るとパニックになる。あるとき仲間うちでちょっとしたいたずら心を起こし、T君の机の中にゆで卵を入れた。自習の時間にそれを発見したT君は、案の定、大声をあげて部屋中を跳ねまわり、そのようすがおかしくて私たちはみな笑い転げた。そのときいきなり戸があいて、B先生がぬっと顔を出した。みな恐怖で凍りついた。先生は、暴れるT君を後ろから羽交い絞めにして落ち着かせると、静かに話しだした。「T君は障害をもっている。だから漢字もなかなか覚えられないし、いろんなことがみんなよりもうまくできない。でも彼にはすごいところがあるんだ。どんなに勉強しても教科書からは学べないこと、他の人を思いやる心だよ」。
 そういえば、T君は優しかった。ダウン症のS君がマラソンを走 るとき一番大きく拍手しながら跳ねまわって応援する。授業中、誰かの消しゴムが落ちたら真っ先に拾ってくれる。掃除中みなが遊んでいる横で、にこにこしながら雑巾を絞り、何度も何度も窓を拭く。
 「漢字を読める人は大勢いる。でも、人のことを思いやれる人はびっくりするほど少ないよ。みんなが心を開くのを怖がってるこの世界には、優しい人がたくさんたくさん必要だと先生は思う。それはね、君たちがどんなに勉強ができても、教科書からは学べないことなんだよ」。
               
 その日から拡は、何となくT君のそばに行くようになった。T君は、教室の隅にあるオルガンが好きでよく弾いていた。演奏は下手だったが、あるとき弾いていた曲が授業で習いたての曲だったので私が一緒に歌うと、他の生徒も集まってきて加わった。いつの間にか私たちは毎日少しずつその曲を練習するようになり、そのうち誰からともなく先生に見せようということになった。
 そしてある朝、私たちは先生が朝入って来る前に準備して、T君がオルガンを弾き、S君が麻痺していないほうの手で指揮を取り、全員が「タンポポ」を歌った。すると予期せぬことが起きた。一瞬唖然とした顔をした先生が、次の瞬間、両手で顔をおおって泣き出したのだ。
 学校で一番怖い先生が目の前で泣くのを見てみんな仰天したが、一心不乱に弾くT君の伴奏と、夢見るような瞳で手を動かすS君の指揮は止むことがなく、私たちはそのまま最後まで歌い続けた。歌が終わっても先生は泣き続けている。大人が深い感情を惜しみなくさらけ出している姿は、不思議な力で私を揺さぶった。教室の窓から差し込む西日が、私たち一人ひとりの顔を輝かせ、泣いている先生の背中にそっと置かれたT君の手までもオレンジ色に染めていた。               
 大人になると私たちは、傷つくことを避けるために自分を守るよろいをたくさん身につける。安っぽい感傷だと言われるのを恐れて、人問らしさを隠そうとする。そんな場面に会うたびに、私はB先生の言葉を思い出す。
 「この世界にはね、優しい人がたくさんたくさん必要なんだ」。
 子どもだった私だちと同じ目線で本気で怒り、笑い、傷つき、涙を見せてくれたB先生は、心を開くことを恐れなかった。閉じた瞼の裏にオレンジ色に輝いた教室が浮かびあがる度に思う。あの瞬開手にしたものを、決して手放したくないと。       
                                               クレスコ2009.6月号
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 私はこの人の原稿を読んで、教育って即効性を求めるものでないんだと思います。大きくなってから振り返って、この先生にこれだけの影響を感じるというのが教育の力であり魅力でないでしょうか。45分の授業を終えて、この授業で子どもにどんな力をつけたのかという研究会が盛んですが、この意味ではナンセンスなことだと思います。すぐ評価を求めるほど単純ではありません。それが教育のおもしろみではないでしょうか。

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